アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 69

足の裏に108の仏教の宇宙観図が描かれる巨大な寝釈迦仏

~ ミャンマー ヤンゴン チャウッ・ター・ヂー・パゴダ ~

人間の人生においては、悩みごとが尽きることはない。

次から次に押し寄せる問題に、身が押し潰されそうになることもある。

悶え苦しみながらも悩みを克服し、より良い未来に向かって前進せざるをえない。

悩みや苦しみを克服することで、人生に年輪が刻まれるわけだが、悩みごとの全くない生活には強い憧れを感じる。

仏教の開祖、仏陀は様々なことに悩み続けた後に崇高な悟りを開いた。

涅槃は全ての煩悩の火を吹き消した状態だ。

人間の本能から生じる精神の迷いから解き放たれ、心の平和と安らぎに満たされた境地なのだ。

仏教徒でなくても、人間はこのような境地に至ることを願うものだろう。

 

悟りを開いた仏陀の姿は、体を横にした涅槃図として描かれることが多い。

日本の寺院でも体を横にした仏陀の姿を絵の中で見るみることはできるが、立体的な像として見ることは極めてまれだ。

ところが、タイやミャンマーなどの東南アジア諸国では、いたる所で寝釈迦仏の立体像を見ることができる。

 

中でもミャンマーの首都ヤンゴンのチャウッ・ター・ヂー・パゴダには、高さ約17メートル、全長約70メートルの巨大な寝釈迦仏が体を横たえている。

 

ミャンマーで最も大きな寝釈迦仏であり、初めて見る人は誰しも度肝を抜かれてしまうことだろう。

あまりの大きさのため、どのように角度を変えても1枚の写真に全身を収めることができない。

カメラを片手に右往左往していると、近くにいた人がベストポイントを教えてくれた。

どうやら、その1点からでしか目的を果たすことはできないようだ。

ヤンゴンの中心街のほぼ真北の郊外に、チャウッ・ター・ヂー・パゴダが創建されたのは、1907年のことだ。

ところが、天候などによる影響によって傷みがひどくなり、1957年には一度取り壊された。

現在の姿は1966年に再建されたものだ。

ミャンマーに点在するパゴダに建立される仏像は、どれも穏やかで優しい顔立ちをしている。

チャウッ・ター・ヂー・パゴダの寝釈迦仏も、女性的で愛しみ深い表情だ。

丸く大きく見開いた眼には、煩悩から解放された平和と安らぎに満ち溢れている。

この眼差しを感じながら、心の平安を取り戻す人々も数多くいることだろう。

口元に塗られた真赤な口紅が、どことなく現代的でチャーミングだ。

肘枕で体を横にする姿は人間的だ。

自宅の居間でこのような姿でテレビを見る人も多いのではないだろうか。

 

バゴーにあるシュエタリャウンの寝釈迦仏は、箱型の枕に頭を置いているのだが、肘枕では少し疲れるかもしれない。

でも、飾らない日常の生活シーンの一場面を表現しているように見える。

そして、最も特徴的なのが足の裏だ。

108にも及ぶ仏教の宇宙観図が描かれているのだ。

 

写真(遺跡69-3)

 

日本の寺院では毎年大晦日の夜に、除夜の鐘が鳴らされる。静まり返った一年の最後の夜に、染み渡るように響く梵鐘の音は108回だ。

人間にとりつく煩悩の数は108とされ、除夜の鐘には煩悩を振り払う意味があると言われている。

チャウッ・ター・ヂー・パゴダの寝釈迦仏の宇宙観図も、きっと煩悩の数を表しているのだろう。

仏陀が煩悩を足の裏で踏みつけたということではないだろうが、煩悩を克服した仏陀を暗示していると考えることができる。

足の裏全体に写真のフィルムのように様々な絵柄が並ぶ。

ピンク色の下地に、建築物、動物、植物、調度品など様々なものが描かれている。

足先の指には指紋がくっきりと描かれている。

同心円状の指紋は、寝釈迦仏の心の平安を描写しているようだ。

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