ガラパゴスのアニマル・アート/ネイチャー・アート 12

第一の故郷の消滅を防いだ第二の故郷に移住した動物たち

~ ガラパゴス ノース・セイモア島 リクイグアナ ~

現代社会において、生まれてから死ぬまで同じ場所で過ごす人は極めてまれな存在と言える。

勤務先や通学関係や、家族構成の変化、気分転換など、人生の節目で居住地を変える。

きっかけはケースバイケースでありながら、住み換えを行うときには予め新天地を歩き回ることだろう。

自然に生きる動物は一見、勝手気ままに住処を決めているように見える。

でもそれは、住みやく食料の確保を容易にし、生き続けるための生活の場の選択なのだ。

ところが、同じ地球環境で共存するはずの人間が、都市開発を山林にまで進めることによって動物に住みやすい環境が失われつつある。

直接意図しなくても、人間の行為が間接的に動物な安住の地を奪い取っているのだ。

 

今では自然の宝庫のように語られるガラパゴス諸島では、かつて動物実験のようなことが行われた。

諸島の中央部に位置するサンティアゴ島には、ダーウィンが訪れた1835年頃には、リクイグアナの巣が一面に広がっていた。

サンティアゴ島の南東に浮かぶバルトラ島にも、同じように19世紀後半までは多数のリクイグアナが生息していた。

ところが、バルトラ島のすぐ北にあるノース・セイモア島では、同じような自然環境をもちながら、リクイグアナの姿を見つけ出すことができなかった。

このことに疑問を抱いた科学者が、1930年代に入って数十頭のリクイグアナをバルトラ島からノース・セイモア島へ移したのだ。

バルトラ島で平和なときを過ごしていたリクイグアナは突如、人間の実験道具とされ移住する憂き目に見舞われた。

 

人間の身勝手極まりない行為を乗り越えたリクイグアナが、新天地で生活の基盤を作り始めた頃、今度は人間が人間同士の殺戮行為を始めた。

第二次世界大戦の勃発によって、アメリカ軍がバルトラ島に基地を建設した。

日本軍がアジア地域ばかりでなく、パナマ運河にまで侵攻先を拡大することを懸念したアメリカ軍の防波堤となってしまった。

基地の建設によって自然環境は著しく破壊し、生態系は大きな打撃を蒙る。数多くの人が移り住む中、ネコやイヌ、ブタなどの外来種がガラパゴスで生活するようになる。

環境の変化に加えて、外来種がリクイグアナの卵や幼体を食べたことによって、1953年頃にはバルトラ島からリクイグアナの姿が消失した。

 

戦後の1959年に設立されたダーウィン研究所の研究者は戦前の記憶を呼び覚まし、ノース・セイモア島に移住したリクイグアナの調査に乗り出した。

すると、幸いにも約20頭のリクイグアナの生存が確認された。

 

しかし異郷の地での繁殖に支障があったせい、若い個体が育っていなかった。

そこで1981年に、数頭をサンタ・クルス島の施設に持ち帰った。

これらのリクイグアナにとっては、自らの意思とは無関係に強いられた生涯2度目の引越しだ。

研究所では根気強く人工による飼育、繁殖が試みられ1991年に、初めて人工繁殖によって誕生した35頭をバルトラ島に帰した。

これと同時に、空港が建設されているバルトラ島の自然環境の整備が行われた。

2008年4月には、ダーウィン研究所から420頭目のリクイグアナがバルトラ島に放たれ、リクイグアナの引越しが終了した。

故郷のバルトラ島からノース・セイモア島に引越したリクイグアナが、バルトラ島での絶滅の危機から救ったわけだ。

現在のノース・セイモア島では、この島で誕生したリクイグアナと、バルトラ島から移住したリクイグアナが、ハーレムを作って肌を寄せ合って暮らしているのだろう。

 

写真(ガラパゴス12-2)

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