小津安二郎、こだわりの静物画

ロー・アングルとロー・ポジションからのカメラワーク、それが小津安二郎の特徴だ。

現在、東京国立近代美術館フィルムセンター展示室で”小津安二郎の図像学”の企画展が開催されている。

小津が亡くなって110年、没後50年を記念し小津の世界を図像から読み解くとチラシには書いてあった。

だが、いまだそこへ行く決心が鈍っている、海外では”OZU”と言う名で知られ映画研究家たちの間では溝口健二黒澤明と並んで評価が高い監督であるが、小津のどこに魅了されるのかが分からずにいる。

 

特に、小津の名が世界に広まったのはフランスでの”東京物語(公開されたのは1978年)”が嚆矢だったらしい。

その当時、パリのシネマテークで上映された11本の作品を観て、先日亡くなったアラン・レネやジャック・リヴェットたちは称賛の声を挙げたという。

昨年は小津110年を祝し山田洋次監督が東京物語のリメイク”東京家族”を撮ったばかりだ、もちろん観ていない。

観ていない映画を論評することは避けたいが、あら筋は殆ど小津作品と変わりないようだ(小津は戦後の家族を、山田は平成の家族)、違うのは出演者たちだけである。

山田監督も同じ松竹出身の監督、小津を師と仰ぎ心を込めて創ったものだと思う。

本物の東京物語は遙か昔に観た、また時折テレビで放送される際も観てはいるが、とりわけこの作品が出色かどうかは疑問が残る。

小津の映画に通底しているものは”家族の問題”が主流だ。

どこにでもある家族の風景の一コマを切り取った、そこで起こる諍いや悲喜劇などユーモアを取り混ぜながら描いていく小津独特の映画手法であった。

山田監督の描いた作品も、家族の有り様を平成というキーワードで東京家族を撮ったのだろう、時間軸を考えると戦後日本の家族と平成の世の家族とでは差異が生じ、真正面から家族を見つめるなど出来るはずもなく、山田監督の描く世界はいつもユートピアを想像してしまう。

いつの世も家族の距離は近く、そして遙か遠い存在でしかない、それが家族の認識である。

 

小津の映画がパリのシネマテークで上映された折に、パリの雑誌はこぞって小津を取り上げたという。

黒澤の様式美とは一線を画す、また溝口とも色合いは違う。

いろいろ海外の資料などを調べてみると、小津の作品批評と言うよりも小津のスタイルにどうやら興味を示したようだ、小津が執拗なまでに捉える僅かな備品、それは電話・時計・トイレ・酒・工場の音・時計の音・壺・看板・ポスター・畳等々が小津ワールドを創り出している。

つまり美的充実度についての言及が多いのだ、それは絵画に於けるスティールライフ、静物画とでも言えば良いか。

 

小津は絵の才能もあったらしく、それを突き詰めていけば自ずと細部にこだわる理由は明白だ、また撮影助手の経験を積んだことからカメラワークの構図にも力が注がれる、言うなれば構図第一主義の監督と言えるだろう。

 

今回の”小津安二郎の図像学”のチラシには”小津監督の作品は、独自の厳密な画面作りや脚本術、監督をめぐる文化的状況や監督自身の芸術観といった視点で主に語られてきました。

しかしその一方で、作品を支えてきた視覚的な要素、監督の美的嗜好をはぐくんだ諸芸術、そして自身による巧みなアートワークが強い関心の対象となることはありませんでした。

この展覧会では、小津監督の作品と実生活における絵画・デザイン・文字・色彩といったエレメントの重要性を示しつつ、その洒脱で軽やかな感覚を明らかにします。

さまざまな図像の間から立ち現れる、永遠のウルトラモダン、小津芸術の粋をぜひご確認ください”と綴られていた。

このチラシに書かれた解説文を読むと、映画監督と言うよりもアルチザンに近い人物だったのかも知れない。

小津の映画のいくつかを観てその記憶を辿っていくと、荒々しい言動もなく飄々としている映像がくっきり見えてくる、それを象徴しているのが”笠智衆”という役者だろう。

もしかしてこの役者は小津にとって静物画のようなかけがえのない存在にも思えてくる、熊本弁が醸し出す語り口は木訥としてシークエンスの”間”を和らげてくれる小津芸術に欠くことの出来ない逸材の役者であったのだ。

笠はどんな映画やテレビに出演しても”熊本弁”は取れず、役者としては不適格者だと思い込んでいたがどうやらそれを訂正しなければならないようだ。

笠という役者がそこに佇むだけで、小津の真骨頂である構図もぐんと顕在化し、そこから日常の中に潜む人生の機微や深い真実を見出していくというスタイルを確立したのだ。

そのためにもカメラはロー・アングルでなければならなかったのかも知れない、役者たちに早い動きや大袈裟なアクションを一切やらせなかったという、加えてパンや移動撮影も最小限に留め、それは全てが幾何学の図形の枠に収めたいという小津流の映像美学に執着した所以であった。

小津は構図を徹底した、調和と安定こそが映画の流儀だと、故にスタジオ撮りのシーンが多い、ロケでは予測できないことが起こるからだ。

こんな監督いまだ観たことは無い、書くまではどこか毛嫌いしていたところがあったが、小津は家族がモチーフであったが、実は全くこちらの意図しているものとは違う独創的な世界をカメラに収めた監督だったのかも知れない。

カイエ・デュ・シネマ誌で小津を取り上げた映画研究者たち、また彼らもその構図という形式美に見とれ小津ワールドの術中にはまっていったのだろう。

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