ジオラマになった昭和の渋谷

昭和の渋谷があった、それはデパート1階フロアー奥の目立たない場所に置かれたジオラマである。

思わずその光景に引き込まれ、時を忘れ魅入ってしまった。

そこに去来したものは、懐かしさと時代の古さが入り混じる複雑な心境であったことは確かだった。

時折ジオラマの前を通りかかる人、一瞥するも素通りしていくだけ、誰も立ち止まって見ていく人などいない、足早に目的場所へと急ぐ人ばかり。

ふと思った、大人たちは古くさい子供染みたジオラマなど関心はなく、華やかなものに視線はいくのだと、そんなことをつらつら思っていると1人の老人が嬉しそうな顔で立ち止まった、”おぅ、懐かしいなぁ、昔はこんな感じだったよなぁ”とこちらに問いかけるような雰囲気で感嘆の声を上げていた。

 

ジオラマのタイトルは”思い出の街、渋谷、〜昭和39年(1964年)頃の渋谷駅東口付近〜”となっていた。

東京オリンピックが開催された時代である、また東海道新幹線が開通した時期でもあった、あれから半世紀が経つ、うかうかしている間に街の景観は目まぐるしく変化していった。

この時期、東横線渋谷駅も大改装があったそうだ、そして新たな東横線渋谷駅は渋谷ヒカリエへの穴蔵に潜っていった。

説明文には作者(富沢瑞夫・昭子夫妻)の思いが綴ってあった、”東横百貨店の屋上でのりものに乗る子供たち、柵越しには銀色のプラネタリウム、たぶん下には沢山の都電も走り……その子供たちの1人が、1963年頃(ジオラマで再現した年代)の当時の自分です。

もうこの景色を見ることができませんが、もう一度あの時の風、光、かおりを味わいたくて、思いをこめてこのジオラマを妻と創りました。

いろいろな角度からご覧になって下さい、きっとあの頃の思い出が蘇るでしょう。

そして懐かしい景色の中の自分が見えてくるかもしれません。

あの当時を知らない若い方も、この景色の中にはどこか懐かしい、いつか見たような思いがおこると思います。

それは、昭和39年には首都高速、東急渋谷駅ターミナルなどこの場所の基本要素が揃い、以降渋谷の東口が約50年にわたって大きく形をかえず、多くの人々の思い出を作ってきたからだと思います”と、柔らかで思いのこもった言葉が添えられていた。

 

この作品は富沢ご夫妻が1985年頃より構想を練り、資料・調査を進め、1997〜2002年にかけて制作に取り組んだ29年の思いが詰まったスケール感溢れる作品、眺めている内にさまざまな思いが募ってきた、それは何をするにしろ渋谷が拠点であったからなのだ。

ジオラマにはたくさんの思い出がある、3×6板の化粧合板を駆使し駅舎を作った、走らせた模型はメルクリンのHOゲージ、子供のためと称しながらも自分が楽しみたかったからである、そのHOゲージの鉄道模型も窮屈な納戸の奥に追いやられてしまっている。

デパートへ行く理由は書店だった、ここでしか手に入らない書籍がこのデパートにあり出かけて行ったのである。

近年、デパートも本来の目的から逸脱したようなアキナイをしているのには驚かせられる。

そのフロアーはまるで図書館を思わせるほど大きく、日がな一日この書店で過ごすのには打って付けの場所に思えた。

店内の至る所に座れるスペースがあり、気になる本があれば座ってじっくり読むことが出来る、本好きには有り難いスペースである。

目的の書籍を購入し、なんとなく屋上へ上がってみた、高いところは苦手なのだがなぜかデパートだけは違うのだ。

空の青さをより近くに感じたく何十年ぶりかの屋上に階段で上がっていった。

デパートの屋上、今や風前の灯火の感がする。

庭園もどきの風景と園芸店、そして角にケネルショップがあっただけだった。

そこにいたのは老女1人、パイプ椅子で眠っていた。

住処を持たず生きている、と一目で分かった、彼女にとって屋上は孤独と向き合う唯一の場所なのかも知れない。

ある種、表現者も孤独を友とし、仕事を通してしか幸せは得られないという因縁を持っている。

屋上と言えば、メリーゴーランドやコーヒーカップそしてミニ観覧車など子供たちの遊び場があった、小さな遊園地と言える場所だった。

また、夏ともなれば大人たちの広場へと変わる、ビヤガーデンである。

ジョッキ片手に夏の憂さを晴らすかのように、泡をたらふく胃袋に入れる様は痛快だ。

また屋上では様々なアトラクションも行われ、デパートの屋上は365日オールマイティの舞台装置へとフェイズを変えていく一種の娯楽施設であった。

子供たちの遊び場はアミューズメント施設やテーマパークに打って変わり、自ずとデパートの屋上はがら空きになる、これもまた時代の趨勢なのだろう。

ひとつのものが流行ると人はそこに力学が働き群れをなす、その繰り返しで社会は成り立っているのだ。

ジオラマを見、昔を懐かしんだところで何かが変わるわけでもない、ただ甘酸っぱい記憶だけが身体を揺さぶっただけのことだ。

いずれこの渋谷も半世紀過ぎれば、ヒカリエのジオラマができるだろう、それとも50年と言わずもっと早い時期にジオラマを目にするかも知れない。

世の中は、人の吐息とくしゃみひとつで変わってしまうほど、いとも簡単に変貌を遂げてしてしまうのだ。

 

KC3Z0195

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