「世襲に見た、陶芸家系「清水六兵衛」の凄まじい魅力」

政治家などの世襲問題が稀にマスコミにとりただされますが、これは政治の世界だけに起こることでは無いですよね。

歌舞伎や落語家、芸能界においても、2世ということで世襲的な親の七光りのおかげでこの世界にいる事ができる…と、いうような人間が多くいます。

そして、親の代を次いで飲食店などでオーナーや店主となる事も、それなりに世襲かもしれません。

そういった事を考えて行くと、本当に世襲という世界は難しい立場となりそうだ…と、思ってしまいます。

当然、自身の親を超えていかなければ評価されない訳で、そこで手を抜いて遊びほうけたり、レベルの低い事をしていては、評価されないのです。

通常、1代で築き上げた世界観であれば、それがどんなレベルであっても、誰かに比較される事はありません。

自分は自分であり、誰に揺るがされる訳でない存在、と言い切ることができます。

しかし、世襲となってしまうと、どうしても親との比較になってしまいます。

芸能人などもそうでしょうが、特に大変なのが、老舗の飲食店の2代目、3代目。

今は、継ぐ人がいない…と、いうことで、よくやってくれた!何て、常連などは喜ぶでしょうが、味の文句もつきものです。

もし、名店と言われてる場所であれば、どうしても親の代と同じレベルであれば、それは美味しいと見なされません。

まだまだ、オヤジのレベルには到達していない…と、まぁ散々な事を言われる訳です。

代を重ねるごとに、素晴らしい世界を築いていく…というのは、とても大変なのです。

さて、伝統芸能の場合は襲名という事になります。

落語家や歌舞伎などでは、襲名披露宴なども開催され、その名前で生きて行くことが許されます。

しかし、この名前はプレッシャーです。

先代が素晴らしい人物であればあるほど、そのプレッシャーが重くのしかかってきます。

だからこそ、負けるまいと、斬新な方法や新しい手法でのアプローチをする事になるのでしょう。

そのため、現在の落語も歌舞伎などの伝統芸能は、現代的にアレンジされたりと、本当に面白い事をしていますものね。

 

という事で、前置きが長くなりましたが、代を重ねるごとに新しい創造性を維持している、そんな名家を発見したんです。

それが、江戸時代中期以来の清水焼陶工の家系である、清水六兵衛です。

初代が、1738年に始まり、現在は8代目まで続いている京都・清水焼の名家です。

こういった、陶器系などは伝統的なものが好まれる傾向にあるようですが、その両方を常に新しくミックスさせていくというのは、本当に柔軟な頭を持っていなければできません。

しかし、この清水六兵衛の作品というのが、全ての代の人間が先代とは違うアプローチをしていた事でちょっと有名なのです。

独自の世界をそれぞれ築く事というのは、名家の名を汚すとも言われかねないところ。

でも、とにかく、オブジェに洋食器、色絵などに関してもバラバラなのです。

その当時に流行した美術様式などを取り込み、それぞれに楽しみながら、そして自由に様々なものを制作していたという事で、ある種、現代美術が好きな方であれば楽しめるかもしれません。

そして、7代目清水九兵衞は、何とも名前までの九兵衛にしてしまっています。

さらに、通常の陶磁器を作る事を休止しており、どちらかというと彫刻家として活躍していたのです。

土っぽさ…というよりは、金属を中心に作るモダンな作品群は陶芸家とは思えない雰囲気です。

ちなみに、7代目は婿養子で入ってきた人物だそうなので、ちょっとその辺りが自由だったのかもしれませんね。

どうも、8代目の言うところ、他の地域に比べて京都焼というのは、これといった特徴が無いのだそうです。

土気を出すというより、統一しているのは端正で都会的。

つまり、結構何でもありなのだそうです。

それを言われると、確かにそうだなぁって思いますよね。

だって、もし伝統を守る必要のある土地であれば、大批判されて自由な作品作りを続けられませんからね。

こういった角度から見ると、陶芸界も面白いですよ。

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