食のグローバリゼーション 67

パプリカ料理を引き立てるロマの民族楽器の響き

~ ハンガリー ブダペスト レストラン/ツィンバロン ~

食事のときは煩わしいことは全て忘れて、料理を味わいたいものだ。

数多くのレストランでは雰囲気を盛り上げるためにBGMを流している。

でもスピーカーから電気的に流される音よりも、生の楽器の音楽の方がより温かく耳を包んでくれるものだ。

それも、日頃見聞きすることのない楽器からの音色であれば格別のものとなる。

 

ハンガリーの首都、ブダペストで幸運にも、味覚、聴覚の欲求を満たすレストランで食事をしたことがある。

ハンガリーはヨーロッパで唯一のアジア系民族、マジャール人が築いた国家だ。

周辺ヨーロッパ諸国の文化を取り入れながらも、固有の伝統を大切に守り続ける側面をもっている。

料理ではパプリカを食材として多用し、ヨーロッパでは珍しいピリ辛料理が特徴的だ。

今でこそ調理は屋内のキッチンでされてはいるが、野外料理を発展させたレシピも数限りない。

元来マジャール人は、故郷の中央アジアから移住した遊牧民だ。

料理ばかりではなく、音楽の分野ではジプシー音楽の要素が残されている。

いわゆるロマの音楽だ。

楽器を片手に移動しながら、様々な思いを音にして表現する。

コンサートホールの空間で居住まいを正して聴く音楽とは、一味も二味も違う音のレシピだ。

 

ブダペストは、現在では174万人の人々が定住するハンガリーの首都だ。

東欧から中欧のエリアでは最大、ヨーロッパ全域においても第8位の規模の大都市だ。

周辺のヨーロッパ諸国の近代化にともなって発展を遂げているが、マジャールの文化を拭い去ることはできないようだ。

中心市街地のハンガリー料理のレストランでは、伝統の料理ばかりではなく、民族固有の音楽を生で提供するところが多い。

レストランの店舗内での演奏だからフル編成のオーケストラではない。

マジャール民族のジプシー音楽だ。

その中心となる楽器が、ヴァイオリンとツィンバロンだ。

ヴァイオリンは世界中どこでも容易に聴くことができるが、ツィンバロンを見かけるのは極めてまれだ。

ツィンバロンは、ハンガリー周辺の中欧、東欧で発展した大型の打弦楽器だ。

この地域のロマの音楽家たちにとって不可欠の楽器ではあるが、起源を求めれば中東に辿り着くようだ。

鞄のようにも見える台形の楽器に約40コースの弦が張られる。

演奏者の手前の方に長い弦、離れるに従って短い弦が平行に走る。

表面の板が反響板の役割を果たし、4オクターブの音域をカバーする。

平行に張られた金属製の弦を、フェルトが巻かれた2本のバチで叩いて演奏する。

早いパッセージを演奏するときには、バチをもった両手は激しく前後に移動する。

バチによって弾き出される弦の響きは、チェンバロから出る音の立ち上がりを少し鈍くし、音程を決める周波数が微妙に揺らいでいるように感じる。

日本では単独でその響きを聴く機会は極めてまれだが、ツィンバロンを編成に加えたオーケストラ作品に触れることによって体験することができる。

コダーイが作曲した組曲『ハーリ・ヤーノシュ』の第3曲、第5曲では、ツィンバロンがソロ楽器として使われ、極めて印象的な響きがオーケストラの音色に調和する。

他にも、ストラヴィンスキー、クルターグなどの作曲家が、ツィンバロンを使った作品を作曲しており、コンサート会場に行けば耳にすることができる。

でも、ステージと客席を分けた空間での音体験には臨場感が欠ける。

演奏家の息遣いを感じ、楽器から飛び出る音を間近で耳に捉えれば親近感は倍増する。

ロマが奏でる楽器の響きは、パプリカすら超える食のレシピとなりえるのだ。

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