アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 75

奇岩住宅で暮らす人々を異教徒の侵入から守った伝書鳩

~ トルコ カッパドキア 岩石遺跡群 3 ~

人間と呼ばれる生物が地球上に誕生して以来、数々の文化や文明を育くまれた。

紀元前の四大文明を草分けとして、様々な道具や器具が考案され文化の礎を築いた。

18世紀にイギリスを中心に起こった産業革命は、技術革新を著しく加速させ、人々に便利で快適な生活を提供した。

通信分野での新端末の登場は、人々の生活スタイルを変化させるまでに至っている。

 

数十年前であれば、遠く離れた人とのコミュニケーションをとるためには、手紙や葉書に伝えたいことを文字にして、郵便で届けてもらうしかなかった。

便りが幾人もの人々の手によって運ばれ、目的を遂げるには離れた距離に比例するだけの日数を要した。

それが1876年、ベルによって電話が発明されると、どんなに離れていても電話線さえ繋がっていれば、生の声が海を越え相互に会話をすることができるようになった。

家庭に一台設置された固定電話は、親戚や友人との素早い連絡に活用された。

それだけでも便利になったのだが、現在では電話機を携帯し無線の電波で、いつでもどこでも誰とでもコミュニケーションができるまでに変貌を遂げた。

今の日本では高校生以上の人で携帯電話をもっていない人を探し出すのは極めて難しい。

電話や郵便制度のなかった時代にも、遠くの人と連絡を取り合いたいという希望はあったことだろう。

そのような思いを抱きながら人間が目をつけたのは鳩だ。

 

どのようにして、人間が鳩の優れた帰巣本能に気づいたのかは定かではないが、紀元前約5000年のメソポタミアの文明期の粘土板に、伝書鳩を思わせる記録が残っているという。

紀元前3000年頃にも、エジプトで漁船から海の上での漁の様子を連絡するために伝書鳩が利用されていたという。

トルコのアナトリア高原に位置するカッパドキアでは、伝書鳩が極めて重要な役割を果たした時代がある。

カッパドキア地方には特異な形状の奇岩が林立し、人間が村落を形成するには不向きな土地柄に見える。

ところが、この奇岩群を巧みに利用する人々が現れた。

人々は岩を削り、奇岩そのものを住居に作り変えた。

岩の内部を掘り居住空間として、岩壁に玄関や窓を施し住宅が完成する。

他の地方から材木や、釘などの建築資材を持ち運ぶことなく、地場の素材のみで、オリジナリティー溢れるデザインのアートが並ぶこととなった。

各々の住居をよく見ると、岩の壁の上部に小さな穴が開けられている。

穴の位置や大きさからして、人間が活用したとは到底思えない。

実はこの穴は、伝書鳩の巣穴なのだ。

 

カッパドキア地方には、ローマ帝国時代には数多くのキリスト教徒が移り住んだ。

ところが、ビザンティン帝国の勢いに陰りがみられるようになった11世紀の初頭には、イスラム教を信仰するセルジューク・トルコの侵入を阻み切れなくなってしまった。

領内に暮らす人々が次々にイスラム教に改宗する中にあって、カッパドキアの人々はキリスト教の信仰をやめることはなかった。

周囲のイスラム教徒からの侵攻が繰り返されても、篤い信仰心を大切に育み続けた。

四方を異教徒に囲まれたカッパドキアの人々を助けたのが伝書鳩だ。

周囲の村々から外敵の侵攻の情報を奇岩の中で暮らす人々に伝えたのだ。

外敵の動きが伝書鳩によって知らされると、集落の人は岩の住居に姿を隠し、固い岩の中で音をたてることもなく、ひっそりと過ごすのだ。

外敵に囲まれる中、じっと岩の中で身を潜める人の心境はどのようなものだったのだろう。

篤い信仰心が、逆境に対する強さを産み出していたに違いない。

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