アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 76

火山から噴出した2種類の溶岩が創り上げた妖精の煙突

~ トルコ カッパドキア 岩石遺跡群/パシャバー ~

アジア大陸の西部に広がるアナトリア高原に位置するカッパドキアには、100平方キロにも及ぶエリアに特異な形状の奇岩が林立する。

広大な面積にわたって広がる岩石の造形は均一なものではなく、地域によってユニークに変化する。

 

中心集落のギョレメから北東に数キロのゼルベ渓谷沿いは、パシャバーと呼ばれる地域だ。

標高1000メートルを超える高原には、尋常ではない景観が広がる。

白色の岩の上に黒色の岩がのっかっている。

白色の岩柱の頭部に、黒色のとんがり帽子が被せられているようだ。

柱のてっぺんを押せば、帽子は転げ落ちそうで、何となく心もとない。

境界線はくっきりとして全く別の物体のように見えるが、両者の接触面は強固に接合しているのだ。

2種類の岩塊は地球創世の時に、この場に作られたものではない。

勿論人間が、岩の上に岩を持ち上げたものでもない。

その正体はアナトリア高原に聳えるエルジェイス山とハサン山だ。

2つの火山は、何万年も前に、噴火を繰り返した。

火山から噴出した溶岩は、カッパドキアの大地を覆うこともあった。

2層に堆積した岩石は、時を変えて堆積した溶岩なのだ。

先に大地に降り注いだ溶岩は、冷えて固まると比較的軟らかな凝灰岩となった。

この凝灰岩は長年にわたって風や雨による侵食を受け、高さ10メートルを超える柱状となった。

白色の岩柱が林立する景観だけでも、奇抜なものに違いないが、続いて起こった火山の噴火が、さらなる造形美を作り上げた。

白色の凝灰岩の上に、新たな溶岩が降り積もる。

火山の噴火によって溶け出た溶岩は、凝灰岩のオウトツを埋めながら、その上部に堆積した。

真赤な溶岩が冷えて固まると、今度は硬くて黒色の玄武岩となった。

2種類の岩石が、この世のものとは思えないような特異な景観を創り上げた。

人の力では到底創ることができない、文字通り地球規模のアース・アートだ。

キノコに見えたり、煙突に見えたりして、創造力が掻き立てられる。

岩石群の中には、「妖精の煙突」と呼ばれる岩柱があり、妖精が住んでいるという伝説が伝わる。

他にも、「ナポレオンの帽子」「フードを被った聖職者」など、パシャバーの奇岩群を形容する言葉には、枚挙にいとまがない。

 

エリアごとに特徴的な岩石群が景観を大きく変えるカッパドキア地方は、ヒッタイトの時代から交易ルートの要となっていた。

ローマ帝国の時代には、キリスト教の修道士たちもこの地に住み着いた。

ローマ帝国の末期になると周辺からイスラム教徒の侵入を受けるようになるが、伝道師たちは岩石を削って洞窟を作り、身を隠すようにしてカッパドキアでの生活を続けた。

紀元前4世紀頃には、聖メシオンが3つの岩柱を自らの手で加工して、独居坊を作り信仰と伝道の拠点とした。

「聖メシオンの庵」の一階が小さな教会となり、壁面にはメシオンの生涯を描いた壁画が施されている。

狭い階段で繋がる2階に、寝台や椅子、暖炉などを設置し日頃の生活を送ったという。

快適に暮らすことを拒み、過酷な気象条件、土地環境を修道の場として選んだわけだ。

 

パシャバーは、パシャバーラルとも呼ばれることもある。

「パシャ」は尊称、「バーラル」はブドウを意味する。

今でも岩柱の間隙を縫うようにして、ブドウの果樹園が作られている。

人を寄せつけないような環境の中でも、逞しい人間の生活の営みが受け継がれているのだ。

岩柱を巧みに利用して作った岩石住居には、現在でも数十人の人々が、環境に適応しながら力強く日々の生活を送り続けている。

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