言葉を紡ぐ、ひとり語りの世界

舞台の幕が開いた、弱めのピンスポットが彼女を照らす、少し緊張しているようだった。

そのこわばった表情がこちらにも伝わり、なんとも座り心地が悪い。

観客に軽く会釈し朗読が始まる、だがその心配も杞憂に終わりいつしか座り心地の悪さも解れ彼女の淀みない声に耳を澄ましながら物語を聴いていた、時間にして20分ほどの朗読であった。

会場は静寂に包まれ、唾を呑み込むのも憚るほどその語り口に浸っていた。

 

6月の中旬、下北沢のスタジオ”しもきた空間リバティ”に於いての朗読会。

当日は梅雨真っ直中ということもあり、傘も役に立たぬほどの天候で行くか行くまいかととつおいつ思案した。

朗読会はこれで2度目である、初めて聴いたのは2年前に亡くなられた女優で舞台演出家の長岡輝子さんの朗読会だった。

きっかけは友人からの誘い、自ら率先して出かけたものでなかったため気乗りしなかったのだが、時間が経つにつれ日本語の美しさと語りの豊かさにぐいぐい引き込まれていった、演目は宮沢賢治と中原中也の作品だったかと記憶している。

このとき長岡さんは92歳、車いすでの登場であったが舞台女優の凛とした佇まいと語り口になんとも言いしれぬ悦びを感じたのである。

長岡さんは文学座を退団してからは、宮沢賢治の作品の朗読会や、聖書の吹き込みなど、多彩な活動を続けていた。

長岡さんの語りの魅力はなんと言っても盛岡弁に尽きる、彼女も宮澤賢治と同じく岩手出身だ。

きっと宮澤賢治も当時はネーティブで子どもたちに語りかけていたに違いない。

活字は標準語でしか書かれてない、でも語りは読み手によって多彩な表情を浮かべさせてくれる、言葉に色が付くとでも言えば良いだろうか。

標準語は誰もが聴き取りやすい言葉であるけれども、至って魅力は半減する、まるで淡々とした能面のような面持ちに思えてくるのだ。

長岡輝子さんの語り部としての魅力は、土地の言葉の語りにあった、言葉が生き生きと脈打ち命の綱が拡がっていくようだった。

 

しもきた空間リバティで行われた朗読会、舞台上で歌ったり踊ったりと言った華々しさはないけれども、1人語りには何か不思議な磁場の強さを感じてしまう、空間に満ちたエネルギーを独り占めしてしまうような、強力な流れの束が渦巻いていた。

聴き惚れてしまうのだ、妙な色香も手伝って。

 

朗読会は彼女からのメールで知らされた、招待された以上無碍に断ることはできない。

彼女は長い間ラジオ局のアナウンサーで八面六臂の活躍をしていたが、一昨年突然局を辞めてしまう。

現在の肩書きはフリーアナウンサーとなっている、辞めた理由は藪の中だが、おおよその見当は出来る。

アナウンサーという職業を現役でし続けることはこの日本に於いてなかなか難しいのだ、たとえあってもそれは希有なことだ。

アナウンサーという職業を一生続けて行くには、社員では出来そうもない、ある程度のキャリアを積めば自然と進む道は若手アナウンサーの指導や育成、そしてデスクワークというヒエラルキーができてしまう。

彼女とはある番組の構成台本を担当することで知り合った、担当番組が変わってもなぜか彼女との縁は切れずに番組を作り続けることができた。

いわゆる腐れ縁である、こんなこと書くと彼女は厭がるかも知れないが、あうんの呼吸とでも言おうか長年こなし続けてきた仲間だったのだ。

従って、招待を受ければノーとは言えない、喜んではせ参じたのである。

最近女子アナと女性アナウンサーという呼称の2語が巷を騒がせている、女子アナという言葉にはタレント色が見え隠れし良い印象を持てない、異論を唱える人もいるだろうが女子アナという響きに馴染めないでいる。

その点彼女は正真正銘の女性アナウンサーと言える、ニュース原稿をきちんと読み、情報番組からバラエティ番組まできっちりこなすプロの喋り手である。

プロの道はラジオ局やテレビ局ばかりではなかった、しもきた空間リバティで開催された朗読会、彼女は初めてここに参加したとのこと。

実は彼女の出身大学の有志たちが集まり作った”ぶれさんぽうず”という話芸集団、名を命名したのは大学の恩師西澤實さん、彼の下で話し言葉を徹底的にたたき込まれたという。

西澤實さんと言えば、当方の生業の大先輩にあたる方だ、ラジオの黄金期の作った牽引者でもあった。

野坂昭如、永六輔、前田武彦、青島幸男といった錚々たるメンバーたちよりも前に西澤さんはNHK専属の放送作家となって一時代を築いてきた人物だった、昨年95歳で天寿を全うされ黄泉へ旅立った。

ぶれさんぽうずの謂われが興味深い、Breath(呼吸)&Pause(間)、つまりブレス アンド ポウズ、これこそが、西澤實さんの提唱する”音声言語表現の最も重要な基礎”ということらしい。

その西澤ノートの冒頭に話しことば”音声言語表現”には4つの柱、
それは”話、語、讀、誦”の4態であり、さらに、この4態の基本が
”ぶれす”と”ぽうず(間─間拍子)”の2つがあるのだという。その西澤先生の理論を大学で学び、2000年にぶれさんぽうずは誕生した。

 

雨降りしきる中、自宅からその会場へ歩いて向かった。

暮雨で観客も少ないだろうと高をくくっていた処、それは大きな間違いであることに気づく。

開演15分前に会場へ、エレベーターの扉が開くと既に数え切れないほどの観客が右往左往していた。

座れない、と思った、とにかく人人人で会場は埋まり、120席ある中で、空席を探すのに苦労した。

座席は椅子でなく背もたれもないベンチのような長椅子に腰掛け2時間の朗読会が幕を開けたのである、人の熱気と観客数は予想以上のものだった。

とにかく大入り満員なのだ、このデジタル社会とは真反対の生の声が会場を飛び交う、老若男女入り混じり、人は生の温かな声を誰もが渇望しているのだと感じずにはいられなかった。

4人の個性豊かな演者たち、一人ひとり内容も朗読スタイルも違った、講談のようなスタイルで語る女性、不条理劇のような舞台を演じる女性、和服姿で江戸情緒の余韻を思わせる女性、そして彼女は椅子に座り、本を広げゆっくりと語り始めた。

声だけで登場人物や状況の変化を”演じる”、その魅力は語り手の経験と抑揚の効いた語りにあると思う。

私は見巧者ではないが、語り手から発せられる声に勢いがあれば自ずと身体は前のめりになる、席はぎゅうぎゅう詰めで辛かったものの4人の演者たちからそれがひしひしと伝わってきた。

初めて出かけて行った話芸集団”ぶれさんぽうず”の朗読会、観客たちの熱狂ぶりには驚かされた、梅雨の憂さを晴らしてくれた感じだ。

話芸集団を見て、ボクシングの格闘に見立て各々がリング上で詩を読み闘う朗読会があったことを思い出した、仕掛け人は谷川俊太郎、彼は文字を格闘の場に置き換え人々に荒ぶる魂を伝えた。

詩とは自分の内側にあるものを表現するのではなく、世界の側にある、世界の豊かさや人間の複雑さに出会った驚きを詩として記述するのだと語っていた。

だとすれば、今回の朗読会も書物を通じ送り手と受け手の間に蠢く複雑さに観客たちは誘われたのであろうか。

ジメジメした梅雨の中で開催された朗読会、その建物を出ると雨は止み、空は満点の星が瞬いていた。

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