酒色に耽溺し、キャンバスに溺れたジャクソン・ポロック

これが絵か、それとも児童が思いのままに描き連ねた絵なのか……と、傍らで老夫婦がヒソヒソ話をしながらその絵を眺めていた。

2年前、東京国立近代美術館で” 生誕100年 ジャクソン・ポロック展”を観た時のことである。

過去にポロック展開催の話は幾度も浮上しながら、決して日の目を見ることは無かった。

そのポロックがようやく実現の日を迎えた。

圧倒するほどのオールオーバーの絵、イーゼルからの訣別は本当だった。

過去の因習コンポジションそのものに囚われることなく、ポロックは自由自在にこれまでとは別次元の絵画を生み出していった。

 

ジャクソン・ポロック

 

半世紀以上前、ニューヨークでは抽象表現主義が全盛を極めていた、その中心がジャクソン・ポロック。

それまでのポロックはピカソに心酔しモダンアートに感化され、さらにはネイティブ・アメリカンの絵画にも興味を示していた。

それはある種の自己喪失であり、行くべき道を失っていた時代のようにも映る。

メンタリティの弱さが徒となり憂き目に遭う……それは誰の心にも訪れる、ピカソもデ・クーニングもマックス・エルンストもあったであろう。

故加藤周一が芸術について面白いことを述べていた、科学は方法によって成り立つものだ。

科学と芸術と違うところは、他人がその経験によって得た知識を、科学者はそのまま使うことができるが、芸術家には使えないということである。

主観的な感動の切実さが一文の足しにもならないのと同様に、知的な解釈は時間の浪費に過ぎない、と。

時間の浪費とはなんとも強烈な物言いであり、知的な解釈は一切無用というところが加藤周一ならではのロジックだ。

才能ある芸術家は孤独を友とし、仕事を通してしか幸せは得られないという宿命を背負っている。その虚無と向き合うことで、思いも付かぬ強靱な精神と創造力が芽生えてくるのだと思う。

加藤が述べた”主観的な感動の切実さが一文の足しにもならない”を聞いたかのようにポロックの絵はそれまでの陰鬱さと訣別し、思いのままに精神のエネルギーとも言えるリビドーを発揮していく、刷毛やコテを多用し、空中よりキャンバスという大海に顔料を沈めていくのだ。

精神の白濁から逃れられず苦悩の日々を送ったポロック、それはアルコール依存であり不安定な精神状況であった、それを救ったのは自身であり高名なコレクター、ペギー・グッゲンハイムに見出されたことも救いであった。

才能をグッゲンハイムによって見出されたポロックは瞬く間に全米に名が知らしめられ、アメリカに新たな物語が誕生した。

全面を覆うというオールオーバー、絵画空間の中に中心を持たない平面性を重視した技法、それは美術界に大きな衝撃を与えポロックは萌芽の名を刻み込んだ。

ポロックは床にキャンバスを敷きその上を動き回る、ペンキを垂らすドリッピングという手法で、誰も真似できない型破りな描き方で世界がポロックに目を向けた。

その後に活躍するアンディ・ウォーホールもどこかポロックと似ている気がしてならない。

 

ポロックの作品”インディアンレッドの地の壁画”を遠目で観ていると、衣服を裁断しさらに粉砕器に掛けそこから出てきた繊維の様にも思えた、色とりどりの糸くずがキャンバスに埋め尽くされている、色と色の境目はなく、具象イメージは完全に失せ、画面のコンポジションは枠にはまらない自由自在のポロック一色に染まっていた。

この絵はネイティブ・アメリカンの影響によるものだろうか、無意識の中の意識、意味など無用なのだと思った。

意味をほじくればほじくほど鮮やかなインディアンレッドの色は失せていくだろう、タイトルに惑わされ意味を問う、そんなことばかりこれまで幾度となくやってきた。

徒労である、ポロックが刷毛で思いのままに描いた作品を、眺めていればそれで良いのだ、余計な解釈は深みへと墜ちるだけだ。

ドリッピングの技法は偶然の産物だった、冒頭でも触れたがポロックはピカソに心酔しまたある種の敵意をも持っていたと類推する。

ポロックの妻リー・クラズナーがそれについて語っている。

何か床に叩き付けられたような大きな音がした、気になったクラズナーはポロックの下に駆けつけるとポロックは大きな声で叫んだという。

”くそっ、あいつが全部やっちまった”と頭を抱えながらどこかを見つめていたという。

床に投げつけたものはピカソの画集だった、ポロックが創造するもの全てが既にピカソによって表現されている、適うわけがないと思ったのだろう。

画集を開く度に屈辱と嫉妬と妬みが絡み合う、慕えば慕うほどその裏側には憎しみが生まれる、人間の感情というものは決して不動ではない、絶えず揺り動かれ感情の出入りは激しいのだ、とりもなおさずポロックは不安定な精神状態から抜けきれないでいたため、余計リビドーのコントロールは制御不能の状態に陥っていた。

だがポロックは諦めなかった、床に広げたキャンバスに塗料を垂らすような感覚でキャンバスを埋めていった、そのスタイルはピカソにも真似できない新しい技法にポロックは浮かれたように小躍りし喜んだ。

ポロックはピカソを超えた、と思った。

しかし喜ぶのもつかの間、酒色に耽溺し自動車事故で44歳の生涯を閉じてしまう。

ポロックは徹底した孤独と向き合えず己を潰してしまう、あの事故がなければ……等という仮説はポロックには通じない。

Lifeから65年前に紹介された記事”ジャクソン・ポロック―彼はアメリカで今生きている最も偉大な画家か?”その写真に映っているポロックの顔は獣のような眼光で読者を睨んでいた、あの視線こそポロックそのものだった、具象を破壊し自身まで破壊してしまうなんて残念と言うほかない。

 

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