江戸時代には日本の三大珍味に数えられたボラの卵巣
~ 台湾料理 カラスミ ~
日本の国土の輪郭を作る海岸線に行けば、必ずと言っていい程、釣り糸を垂らしている人を見かける。
その中には日頃は、勤務先の会社で分刻みの仕事をこなしている人もいることだろう。
忙しい時間を過ごす人にとっては、海辺で釣りをしているときは、悠久の時が流れることになる。潮風を感じながらのんびりと釣竿を握り、海の中を泳ぎまわる獲物がかかるのを待つ。
山へキノコや山菜摘みに行くのと同じように、釣りも実益を兼ね備えた趣味だ。
釣り上げた魚を持ち帰れば、文字通り獲れたばかりの新鮮な海の幸を自宅で味わうことができる。
釣りで狙う魚は、自ずと食材として人気のある種類だ。
タイやスズキを狙っていながら、ボラが釣り上げられるとがっかりする人が多いようだ。
折角釣竿を引き上げながら、獲物がボラであったことに気づいた瞬間に海に戻してしまう。
ボラは、熱帯から温帯まで世界的に広く分布し、日本の近海であればどこにでも生息している。
全長は80センチを超え、前半部は背中が平たい逆三角形、後半部では紡錘形の体形をしている。
海底に育つ海藻の他に、海の中で暮らす生物や微生物の死体を食べることもあり、ボラの体からは独特の匂いが発せられる。
このため、釣り人に好まれないのだ。
クーラーボックスの中に入れようものなら、途端に異臭が充満するとまで言われている。
ところが、この匂いの元は、皮の部分と血だけに限られるようだ。
皮を剥いで素早く料理すれば、刺身でも味わうことができる。
釣り上げてすぐに首を折り、海水に浸して血抜きをすれば問題なく、食材とすることができる。
また、筋肉が分厚く発達した胃の一部の幽門は、「ボラのへそ」、「そろばん玉」などと呼ばれ、鶏肉のような味わいと独特の歯応えが珍重されている。
日本ではポピュラーとはならなかったボラは、台湾では人気の食材となっている。でも、台湾の人が好んだ部位は、やはり身ではなく卵巣だ。ボラの卵巣がカラスミの材料となる。
メスの腹を切り開き、体内から卵巣を包む膜を傷つけないように丁寧に取り出し水洗いし、塩を塗り樽の中で数日間、塩漬けにする。
塩漬けされた卵巣を樽から取り出し、一昼夜真水につけて塩抜きする。
塩漬けと塩抜きを経た卵巣を、木の板の上に並べ、その上に別の木の板を載せる。
5段ほどに積み重ね、余分な水分を取り除くために一晩放置する。
その後、直射日光を避け約10日間、天日干しを行えばカラスミができあがる。
天日干しのときには、表面に浮き出てくる脂肪分を拭き取ることを忘れてはならない。
できあがったカラスミは、生のまま食べることもできるが、台湾では表面の薄い膜を剥ぎ取り、表面に酒を軽く塗った後、弱火で表裏の両面を1、2分程度炙るのが一般的だ。
ほんの少し火を通すだけで、かりかりに焼き上がり、表面には白いぶつぶつができる。
熱によって新たな膜ができたカラスミは薄くスライスして、ネギや大根、ニンニクとともに爪楊枝に刺して口に運ぶ。
カリッとした歯触りの後に、粘り気のあるチーズに似た味わいが口の中に広がる。
台湾の各地に点在する夜市の屋台でも、カラスミを焼く光景をよく見かける。
台湾では古くから愛されているカラスミだが、日本では安土桃山時代に明から長崎に伝わったと言われている。
カラスミの名の由来は、形状が中国伝来の墨、つまり唐墨に似ているためと考えられている。
九州に遠征した豊臣秀吉も名護屋城で舌鼓を打ったという話もある。
江戸時代には、肥前のカラスミは、越前のウニ、三河のコノワタとともに、日本の三大珍味と賞された。