アート好きで無くとも、何故か見た事があるアーティストの作品というものがあります。
それは、世界的有名画家が描いたものや、我々が知る浮世絵の大家などの作品ではありません。
鮮やかな海の中で優雅に泳ぐイルカ達と珊瑚礁。
さらには、ディズニーを彷彿とさせるような独特のキラキラタッチ…。
ここまで言えば、まぁ分かると思いますが、クリスチャンラッセンです。
名前を効けば、あぁあれね。
と思う方も多いでしょうし、逆に絵を見て、あぁあれかぁ、と思う方もいるでしょう。
しかし、現代アート好きであったり、そういった方面の仕事をされている方の中にはどうも受け付けられていない、特有の何かがある不思議なアーティストの一人として、話題となりました。
昨年、「ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」」(出版社/メーカー: フィルムアート社)という、本が発売されていましたが、ここで、クリスチャンラッセンを語る人々達からは、クリスチャンラッセンを気に入らない様々な訳が討論されています。
とにかく、多くの人々はこの売り方が気に入らないから、という意見だそうです。
確かに街中を歩いていると、いきなり女性に話しかけられちょっとした画廊へ。
そして、クリスチャンラッセンの絵を無理矢理購入させられるハメに…。
この押し売りにも似た流れがクリスチャンラッセンが嫌われるというか、敬遠されてしまう部分だとも思われていますね。
ただ、個人的にはこのやり方も仕方ないのかな?
と、思います。
恐らく、嫌なら買わなければ良いのですし、刃物を首元に突きつけられて“今ある現金で構わないから、1枚ご購入お願い致します…”と、ドスをきかされている訳でもないのです。
断ることは十二分に出来ます。
詰まるところ、このクリスチャンラッセンがここまでのさばる…?と、いう状況になったのは、好きな人がいるから、ファンがいるからという事でしょうね。
とはいえ、個人的には世界観はイマイチ好きになれませんし、別にどこがダメという訳でもありません。
技術は凄いし、正直美しい世界観ではあるとは思います。
どこか、受け付けないだけで。
そんなクリスチャンラッセンを、ヤンキーと例えた方の意見が、多くのクリスチャンラッセン嫌いの方の腑に落ちた、と何かで知りました。
その方の解釈を引用しますが、ヤンキーは広義な意味でただの不良では無く、どこかしら垢抜けない、田舎な感覚という意味でのヤンキーだそうです。
確かに、それを聞くと分からないでも無いな、自分も感心しました。
田舎、というか地方都市でも一部の人物達が着こなす、中途半端なデザインでサイズ感の合っていない、有名ブランド風のパクリ服。
どうも、こういった感覚が普通である世界にいると、居心地が悪いな~っと、思ってしまう事があると思います。
恐らく、アレに似た、何かの居心地の悪さなのかもしれません。
しかし、破天荒であり、さらには社会を斜から見ている印象の強いヤンキーも、保守的である事が分析されているようです。
確かに、ヤンキーには定番のスタイルや好きな娯楽施設、ブランドがあります。
そこから抜け出すことができない、というか、型にハマっておけば安心。という、やはり垢抜けきれない、何かがあるのです。
そういった意味でも、作風やスタイルを一切変化させず、金髪でサーファー、女性をとっかえひっかえ(多くの方のイメージ)のクリスチャンラッセンは、このヤンキーの類いに当てはまるのかもしれません。
まぁ、これはこれで世界観を築き上げています、こちらが文句を言う事でも無いので、これ以上は貶める必要性はありません。
とにかく、クリスチャンラッセンに限らず、何か受け付けない時。
そこにはヤンキー性が関わっている事もあると言う事を、今後思い出してみてださい。全てが腑に落ちて行くかもしれませんよ。