純粋さの中に潜む怪物、ウィレム・デ・クーニング

初っぱな目に入ったのが”マリリン・モンローの習作”という絵だった。

あの蠱惑的なモンローのイメージを完全に破壊し、その画はある種の媚態に包まれていた。

赤が際だっていた、とくに胸元は赤一色に染まりデ・クーニングの強烈な思いが迸るようだった。

胸はモンローのシンボル、しかしモンローは心中穏やかではなく複雑だったに違いない、女優としてよりもピンナップガールの象徴として扱われる方が多かったわけだから。

モンロー黙して語らずということか……この画は1951年に描かれたものでモンローはまだ現世界にいた、当時25歳。

”アスファルト・ジャングル”、”イヴの総て”に出演し、注目を浴びつつあった。

そこへデ・クーニングが早々とモンローに目を付けた辺りは、画家としての眼力あるいは目利きというのか注目に値するところだ。

モンローはその2年後、”ナイアガラ”で悪女を演じ、アメリカ国民を陶酔の渦に巻き込み人気を不動のものとしていった。

 

デ・クーニングはこの絵をどのようにして描いたか気になるところだ、モンローと会って描いたか、それとも写真、もしくはイメージの中で描いたのか判然としない、しかし全米のシンボルの兆しをキャンバスに収めたのだから”女”を見る目は確かなんだろう。

つまりそこからデ・クーニングはがむしゃらな筆触とオレンジや黄色など強烈な色彩を駆使し、50年代の”女”シリーズを描いていく、画壇たちはデ・クーニングの色彩に目を見張ったのだった。

だが、この絵を一目見てモンローと分かる人間は少ないだろう、タイトルがあるからモンローだと認識する、デフォルメされたモンロー、衣裳を纏わず僅かに笑みがこぼれている。

モンローの名言のひとつに”私は女だし、女であることを楽しんでるわ”というのがある、この絵はまさしく女であることを楽しんでいる……のだろうか。

 

モンローが亡くって5年後、”マリリンの口の習作(1967)”というポップ・アートの絵が登場する、作者はトム・ウェッセルマン。

モンローの開け放った口、真っ赤なルージュがくっきりと描かれている、それも艶やかな肉感たっぷり色がプンプン匂わせ、ココの香りが唇から溢れて来そうな雰囲気だ、デ・クーニングとは対極的だ。

モンローの習作を眺めていると、旅立ってから早半世紀の時が流れてしまったことに気づく。

世界はあらゆることに気ぜわしく、人の心も脆弱で希薄に染まっているがそれでもモンローと言う色は褪せない、それは何だろうか。

彼女が持つ独特の色香なのか、それとも一矢の標となる天使か何かだろうか。

いまやアメリカにはそんな標となる人物は存在しない、これから先もモンローはあらゆるシーンに登場してくることだろう。

 

当初、デ・クーニングの色彩はオレンジや黄色が主体であったが、その色彩は一段と激しさを増し、赤、ピンク、オレンジなどの色彩が支配されようになっていく。

ブリジストン美術館で催されているデ・クーニング展(10/8〜1/12)、これを見る限り殆どが赤、ピンク、オレンジで占められていた、形なんてない、色彩の怪物とでも言おうか、木炭などで描かれた作品は体を成しているものの色彩が増殖していく、いや氾濫と言って良いだろう。

一点だけポロックと見まがうドリッピング手法の絵を思わせた作品があったが、色彩はどんどんキャンバスの中へ溶け込んでいく、色はそこで溶け合い同色化していくような趣さえあった。具象と抽象の狭間と解説書に書いてあるが、狭間などという曖昧なものでなく、完全に抽象そのもの。

と言うより、具象と抽象というカテゴリーなどどうでもよい、これはデ・クーニング、つまり俗に通じる世界が希薄なのだ。

日本初公開作品27点という主催社側の発表、作品は多いことに越したことはないけれども、この赤、ピンク、オレンジの色彩が時間経過と共に目が慣れてくる、するとその赤、ピンク、オレンジに染まった作品全てが同じものに見えてくるというはどういうことか、これは私だけ惑溺されてしまったということか。

巷に溢れるなまったるい作品を眺め、浸り顔するより理解を越えた作品を真っ向から見据え、そして対峙する、絵の中の意味を探すことを諦めるととても清々しい気持ちになった。

 

KC3Z0127

ウィレム・デ・クーニング

ウィレム・デ・クーニング(1904-1997)は、オランダのロッテルダムに生まれ、22歳でアメリカに渡ってニューヨークに定住、商業美術で生活を立てながらも、36年頃には画家として自立。ジャクソン・ポロックと並んで、第2次世界大戦後にアメリカで開花した。アメリカの抽象表現主義を代表する一人であり、抽象絵画に新たな肉体性を与えたと評価を受ける。

1950年以降、女性像の連作を発表し、一躍脚光を浴びる。以後。女性像はデ・クーニングを代表する主題となり、1960年代にはさらに多彩な女性像を制作する。それらの絵画様式は、同時代はもちろんのことその後の世代に多大な影響を与えることとなった。

 

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