食のグローバリゼーション 75

鉄板で軽やかな音を響かせるブタの頭部の肉

~ フィリピン料理 シジリン・シシグ ~

 

日本人の食生活は時代とともに大きく変わってきている。

明治時代になると欧米化が進み、食卓に牛肉やブタ肉などの肉料理が頻繁に並ぶようになった。

料理方法にも工夫が加えられ、明治時代の末期には東京銀座の洋食レストランにトンカツが登場した。

肉料理は一般的に洋食として分類されることが多いが、トンカツは日本のオリジナル料理なのだ。

現在では日本人の人気料理となり、飲食店街には必ずトンカツの専門店が暖簾を出している。

 

食材としてのブタ肉も一般家庭に浸透し、今では日本人が最も頻繁に口にする肉となった。

ところが、ブタの体の中で食材として利用されている部位は、大半が肩、腹、ももの部分だ。

頭部や顔の部分を食材とすることは極めてまれだ。

日本では捨ててしまう部位も、海外では貴重な食材となっているケースがある。

 

フィリピンのシジリン・シシグは、日本では食材としないブタの頭部の肉を使った珍しい料理だ。

現在ではフィリピンの島々に広く知られてはいるが、ルソン島のマニラから北北西に100キロ足らずに位置するアンヘレスという町で生まれた料理だ。

フィリピンでもブタは日本と同じ部分の肉が好まれ、頭部は売れ残ることが多かった。

これを貧しい人々が頭部を買い求め、僅かに残ったほほ肉、耳、皮などを削ぎ落として食材としたのだ。

 

定まったレシピを持たない食材を手にして、一つのメニューを作り上げるには、様々な試行錯誤が繰り返されたことだろう。

薄い食材を鉄板に乗せたところで、ステーキにはなりえない。

焼く、茹でるなど、考えられる調理方法を駆使した後に味わいを確かめる。

素材のもつ特性を損なわず最大限に活かすように、シジリン・シシグの調理方法が定着した。

 

先ず、ブタのほほ肉、耳、皮を数十分茹でた後、炭火焼する。

キツネ色になったブタ肉を少し冷まし、数ミリ程度の食べやすいサイズに細かく切る。

これにみじん切りした玉ネギやニンニクなどに、大豆の風味が強いフィリピンの醤油トヨ、パイナップルジュース、塩、コショウを加えて、カリカリになるまで炒める。

最後にフィリピンの島々で盛んに栽培されている柑橘類、カラマンシーや、レモン、すだちで味を調えれば、シジリン・シシグができあがる。

 

フィリピンのレストランで、シジリン・シシグをオーダーすると、鉄板に乗った状態でテーブルに運ばれることが多い。

目の前のプレートからは絶え間なく脂がはじけ飛び、調理が終了しているのかどうか定かではない。

気をつけて手を鉄板に近づけないと、飛び散る脂で火傷をしてしまいそうだ。

細かく切られたブタ肉が、できては消える泡の中に見え隠れする。

ピチピチと軽やかな音を響かせながら香ばしい香りを放つ。

 

脂が滴るブタ肉は、とても柔らかく弾力性に富んでいる。

歯触りよく円やかな食感をもっているのだが、噛み切って胃袋に運ぶのは結構な労力を要する。

何度も繰り返し歯を上下しなければならない。

まるで、ガムを噛んでいるようだ。

 

東南アジアの料理は、インドの影響を受け、スパイシーで辛いという印象もあるが、フィリピン料理では、スパイスを多用した料理は数少ない。

シジリン・シシグは、甘酸っぱい味わいに柑橘類の風味が加わる。


フィリピンの食文化は、歴史的、地理的な側面から各島の固有の伝統に、主に中国、スペイン、アメリカの影響が重なり合ってできたようだ。コショウ、トウガラシもしばしば使われるが、ショウガ、ニンニク、玉ネギ、トマトなどで香りづけすることが多い。穏やかな味覚は辛いスパイス料理の苦手な日本人にも馴染みやすい。

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