アンデスの大地に刻まれるアース・アート 22

乾燥しきった大地を潤すアンデス山系からの地下水脈

~ ペルー ナスカ カンターヨ送水路 ~

 

人間をはじめ全ての動物にとって、何にもまして必要なものは水だ。

水がなければ生命を維持することはできないし、植物も育つことはできない。

歴史的にも四大文明をはじめ、人間の文化は川を中心とするエリアで発達してきた。

ところが、アンデスで発達した文明は、必ずしも川が関与していない。

 

数々の地上絵が描かれるナスカ地方には、乾燥しきったパンパの地表が広がるだけだ。

東西40キロ、南北50キロにわたる大地には、一滴の水すら見出すこともできない。

でも、地表に個性的なアートを描いた古代ナスカの人々は、確かにこの周辺で日々の暮らしを営んでいたのだ。

大きな気候変化によって集落が移動したということもありえるが、現在の光景を見る限りではナスカのパンパが水で潤っていたと想像するのは極めて難しい。

 

地表に川や池があれば、水際に歩み寄るだけで容易に水を飲むことができる。

見渡す限り水分を含まない土砂が広がる地域で、古代ナスカの人々はどのように生きていたのだろうか。

何と、地表に立っているだけでは気づかない水の存在に気づいていたのだ。

日本にもかつて多く見られた井戸は、地下水を溜めたものだ。

ナスカの人々は、地上では見えない水を地下で見出し、この地下水脈を巧みに利用して生活していたのだ。

 

ナスカの地下水脈の源流は、20キロも離れたアンデスの山系にある。

アンデスの山々に降った雨は山肌から地中に浸透し、地下を太平洋に向かって流れる。

この水脈をうまく活用した古代ナスカの人々は、乾いたパンパの地中に送水路を張り巡らしたのだ。

太陽の陽射しが届かない地下に水を通せば、蒸発によって水量が減少することはない。

 

送水路の大半は、地表から約5メートルの深さを通っている。

地下ばかりを流れていては、人々は水に手を触れることはできない。

ナスカの郊外には、開口部が約34ケ所設けられ、各々に近隣の村々の名称で呼ばれていた。

現在のナスカの市街地から東へ約5キロの位置にはカンターヨ送水路の一部が地表に顔を出している。

見渡す限り無機質な大地が広がるナスカのエリアでは、滅多に見ることができない柔らかなせせらぎだ。

大気に触れたアンデスの自然水には、酸素が溶け込み、新鮮さが維持されるのだ。

 

カンターヨでは、地表から水面に向かって螺旋状に石が組まれ、なだらかな坂道に沿って円を描くように進むと、透き通った水を汲み上げることができる。

厳しい太陽の陽射しを受ける中で、冷たい水を口に含めば、生き返った心地になることだろう。

文字通りの命の水だ。

 

水が流れる方向を追ってみと、水路は直進するのではなく緩やかな蛇行をもたせている。

これは、増水したときに水流の速度を緩和する効果を産み出しているのだ。

通常は10センチ足らずの水深は、雨季になると50センチに達する。

流れが高速になって水が溢れ出してしまっては貴重な水が台無しとなる。

穏やかなカーブで速度をコントロールし、水を失わないように工夫したのだ。

 

また、水路の構造にも様々な工夫が施されている。

断面はV字型の構造として、法面が崩れ落ちることを防止している。

底には数十センチの厚みの粘土層が設けられ、水が地下に浸透して水量が減少するのを防いでいる。

 

科学的知識の蓄積が乏しい古代において、人々は様々な生活の知恵を産み出したわけだ。

むしろ、参考書などない時代だからこそ、自然現象を多角的に観察する能力が研ぎ澄まされたのだろう。

命の源となる水を運ぶ水路には、細部に至るまで古代ナスカの人々の英知が結集しているのだ。

 

写真(アンデス22-2) (1)

 

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