食のグローバリゼーション 76

富豪主催の「開かれた食卓」のもてなし料理として創作されたレシピ

~ ロシア料理 ビーフ・ストロガノフ ~

 

日常の食事はほとんど、自宅で家族とともにする人が圧倒的多数だ。

一家で囲む食卓は誰にも気を使うことなく、リラックスした雰囲気に包まれるものだ。

でもときには、友人や知人を招いたホームパーティーを企画してみるのも楽しいものだ。

腕によりをかけた自慢の料理で親しい人をもてなせば、招待した人に喜んでもらえるばかりでなく、本人も楽しいものだ。

だからと言って、見知らぬ人にまで料理を提供するというレベルにまで、ランクを上げようという気にはならないだろう。

 

19世紀のロシアのオデッサで一人の富豪が、自宅近くの人々に食事を準備していたことがある。

「開かれた食卓」と呼ばれる企画は、教養のある人、上品な身なりをした人という制限がつきながらも、誰でも自由に通りから会場に入って昼食をとることができるというものだ。

このような催しが近くで開催されたならば、自らの教養などさておき、偽りの装いを身に着けて馳せ参じることだろう。

 

慈善事業とも思えるような食卓を提供していたのは、ロシアの商家のストロガノフ家だ。

14世紀には農業を営んでいたストロガノフ家は、15世紀にはロシア北部のドビナ地方を拠点として商業活動を開始した。

16世紀に入って、ペルミ地方の製塩業やシベリア地方での毛皮の交易を行うようになると、瞬く間に巨万の富が一家に流れ込んだ。

 

ストロガノフ家は取引のスケールを年々拡大し蓄財を進めながら、モスクワ大公などに経済援助を行った。

莫大な金額の支援が、中央集権国家の財政基盤を支えた。

17世紀に達成したシベリア征服は、ストロガノフ家の軍事的、経済的支援がなければなし得なかったとまで言われることもある。

その一方で政府はストロガノフ家に対して、ウラル地方の広大な土地の領有権をはじめ、要塞の建設権や私兵を保有する特権などを与えた。

 

19世紀に家系を引き継いだアレクサーンドル・グリゴリーエヴィチ・ストロガノフは、ノヴォロシアの将軍、総督などを務めた。

要職を退いた後はオデッサに住み、そこで名誉市民に選ばれる。

政府への巨額の支援を行った後にまだ残る資金は、今度は一般の市民に向けて活用された。

 

「開かれた食卓」では多種多様のふるまい料理が並んだ。

中でも、オデッサ市民の人気メニューとなったのが牛肉の煮込み料理だ。

「開かれた食卓」でしか口にすることができない料理は、ビーフ・ストロガノフと呼ばれるようになった。

 

ビーフ・ストロガノフの標準的なレシピは、細く切った牛肉を、タマネギ、マッシュルームなどのキノコとともにバターで炒めた後に煮込み、仕上げにロシアのサワークリームのスメタナをたっぷりと加える。

オリジナルは、牛肉をワイン入りの湯で蒸した後に、マッシュルームとケッパーを加えたものだったと伝わる。

大勢の人々へのふるまい料理として誕生しただけあって、手軽に大量に作れるレシピだ。

 

ロシアで生まれた料理に違いはないが、伝統料理ではなく創作料理であり、どことなくフランス風の香りを漂わせる。

見た目にも、ビーフシチューやハッシュドビーフと大きく変わるところはない。

スメタナの酸味が牛肉の味わいをまろやかに包むところに、ロシア料理の特徴が潜んでいるようだ。

現在のウクライナ地方のビーフ・ストロガノフは全体的に白味を帯び、どちらかと言えばクリームシチューのような外観と味わいをもっている。

 

どのようなレシピも料理人によって工夫が凝らされるものだ。ビーフ・ストロガノフにも様々な改良が加わり、今ではロシア料理の定番となっている。

 

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