リシャール・ガリアーノの蛇腹から、流るる生命(いのち)の萌芽

ヴィヴァルディの四季、それはアペリティフに過ぎなかった。

このホールでコンサートを聴くのはこれで3度目、1度目はヴァイオリニストのジョセフ・リン、バッハの演奏会、併せてガラスCD(究極の音源、永久保存媒体)の紹介もあった。

2度目は神谷育代のピアノリサイタル、確かシューベルトのピアノソナタ21番だったと記憶している。

この2つは親しくしているクラシックレーベルN&Fからのお誘いで、優雅なひとときを過ごさせて頂いた。

そして今回のコンサートの主は、リシャール・ガリアーノ七重奏団 、アコーディオンとバンドネオンによる2つの四季と称し、サブタイトルには”伝統と革新”と銘打ってあった。

アントニオ・ヴィヴァルディの協奏曲とアストル・ピアソラ……言い方が変だが異種格闘技を思わせる曲目編成。

過去に、ガリアーノを文化村オーチャードホールで聴いた、日本初来日で胸高鳴る思いで出かけて行ったことを覚えている。

前座に寺井尚子がヴァイオリンでジャズを、そこで初めて彼女の名を知った。

しなやかに弓を弾くその姿に、なにかいけないものを見た気がしたのである。

音色は甘くせつなく美しいのだが、惹き付けられることはなかった。

それ以後、彼女の名はメディアに十二分に知れ渡るほどの活躍ぶりで、ヴァイオリンでジャズを奏でる数少ないアーティストのひとりである。

 

実は彼女、前座と勝手に思いきやそうではなかった、カルテットのヴァイオリニストがビザの関係で来日できなくなり、ジャズレーベル代表E氏が急遽ピンチヒッターとしてジャズヴァイオリニスト寺井尚子を抜擢したのというのが真実で私は長い間思い違いをしていた。

あれから7年が経つ、そう7年ぶりのガリアーノを聴く、パリの裏通りから聞こえてくるアコーディオンをジャズのシーンまで持ち上げた功績は言うまでもない。

アコーディオンと言えば、シャンソンと絡む楽器として有名だが、ガリアーノの登場によってアコーディオンに対する意識は大きく変わったと言って良いだろう。

アコーディオンの奏でる音にはさまざまな物語が甦る、最近で言えばレオス・カラックスの”Holy Motters”、オスカー演じるドニ・ラヴァンはアコーディオン奏者、ランニングシャッで徒党を組みアコーディオンを弾きながら夜の街を練り歩くシーンは圧巻で、まるで武装蜂起のようだ。

オスカーは”依頼人から人物を演じる仕事”を請け負っている、その仕事は数多あり、老婆もあれば殺し屋もあり、銀行家、または死の淵をさまよう老人と、一言で説明がつかないくらい難解な映画だ。

しかし難解なストーリーの中に沸々と屈折した希望のようなものも見えてくる、それが何かは分からない、カラックス監督自身も文字では説明付かないのではないだろうか。

それでもである、見応えのある映画だ。近年フランス映画は娯楽作品ばかりで辟易していたところにこのような映画に出会ったことは幸運であった。

 

アコーディオンやバンドネオンでジャズを奏でるフランスのリシャール・ガリアーノ、今回は七重奏団率いてのお出ましだ。

実は、今回のコンサートも招待だった。

ジャズの革新を目指すレーベル、ビデオアーツミュージック代表の海老根氏からお誘いを受けたのである、メールの表題に急なお知らせですが……とあり、その表題に恐る恐る開けてみると、すみだトリフォニーホール(2015/0210)でのコンサート案内だったのだ。

久しぶりに連れ合いと共に出かけていった。

連れ合いもアコーディオンが好きでリシャール・ガリアーノをこよなく愛聴している。

そのアコーディオンを大分前に手に入れた、それがここに掲載した写真である。

結婚して以来、宝石の類一切望まない連れ合いは唯一の願いがアコーディオンだった。

彼女から1度たりとも何々が欲しいとせがまれたこともなく、贅沢三昧と言う言葉を知らないのではと思えるほど慎ましい生活を旨とした生き方、それは何を隠そう私自身の側に責任があった。

そのアコーディオンもケースの中で長いこと眠っている、それもそのはず原因は生活力の無い私であったために、共に働く身となってしまった。

彼女は毎日でも弾きたいのに、弾いたのは1年余り、今回のコンサートで連れ合いの胸にしまい込んでいるほむらに灯りが灯ることを祈るほかない。

駅に着くと、狭い路地からスカイツリーがずんぐりしたタケノコのような面構えで地面に張り付いていた。

その塔は何処か上海のテレビ塔のようにも思えた、馴染めないフォルム、街の景観とマッチしていない、東京という街が少しずつ瓦解していくような感じだ。

俄然、東京タワーの魅力がずんずん伝わってきた。

 

コンサート会場に開場より早く着き、隣のTホテルのラウンジで休むことにした。

しばらくすると目の前にガリアーノが現れた、不意を突かれた感じで眼前を横切る、あっと思ったが既に遅し、足早で玄関ロビーへと向かっていった。

時計の針は6時を少し回った程度、開演は7時、フランス語は挨拶ぐらいしかできないが英語だったらできたのにと後悔しきり。

コンサートは定刻を少し過ぎてのスタートだった、ホールには埋め尽くすほどの聴衆、開演と同時にあふれんばかりのアプローズが会場一杯に鳴り響いた。

ヴィヴァルディの四季が流れる、秋・冬・春・夏と季節は巡る、アコーディオンによる協奏曲はソフトなカカオを口に含ませたメロディに聴こえる、少し甘酸っぱい感じだ。

四季はアペリティフ、メインディッシュにはまだ早すぎるというわけだ。

インターミッション後、そこからドラマは始まった。

怒濤のようにタンゴが押し寄せて来る、曲はピアソラの”ブエノスアイレスの四季”、 ヴィヴァルディとは全く違う、ビターなカカオが身体に打ちつけてくるようだ。

甘美でビター、その味は文化村オーチャードホールで聴いた旋律とはかけ離れていた、余計な物は加えない真っさらなカカアの実をそのまま口に入れた感じだ。

枝から落下した一粒の森の悪魔の実が舌をからませ、エロスという幻影が私を虜にしていった。

 

アコーディオン

 

ガリアーノはアコーディオンによってヨーロッパジャズの新風を巻き起こし、ジャズ・アコーディオンを確立した無二のアーティストだ。

32年前、ガリアーノの前に決定的瞬間が訪れる、モダン・タンゴの父アストル・ピアソラと出会ったことだ、それはまさにカイロスと言うほかない。

それまで市井から聴こえてくるミュゼットやタンゴに目もくれず、ジャズに心酔しジャズに明け暮れていたガリアーノ。

”リシャール、何を悩んでいるんだ! 私が新しいタンゴを創ったように、君も新しいミュゼットを創るんだ”と、ピアソラはガリアーノに檄を飛ばした。

ピアソラの言葉にガリアーノは心底胸を打たれ、ジャズとタンゴをモディファイしたサウンドを追い求めていった。

来る日も来る日もアコーディオンと向き合い練習を重ねるガリアーノ、時が流れ、ようやくクラシカルなミュゼットをガリアーノは独自のサウンドへと創り上げていった。

タンゴとジャズ融合の誕生である。

その音色をキャンバスに代え色をイメージした、赤と黒が真っ先に浮かんだ。都会の片隅で踊る男女、石畳が靴音で大きく共鳴する、身をくねらせ、そしてきつく抱き合う男と女。

生命(いのち)の会話が始まる、それは抑圧された異常な情熱と、挫折による怒りと哀しみの旋律なのだ、ベルトリッチのラストタンゴ・イン・パリのガトー・バルビエリを一瞬浮かんだが、ガリアーノの音色はもっともっと艶やかで、またその中に僅かながら死の匂いも漂う甘く官能的で身震いするほどだ。

 

ブエノスアイレスの四季に始まりいくつかの曲が演奏されていった、一曲毎に聴衆者は拍手の渦が湧き起こる。

やがて終演を迎える、万雷の拍手に迎えられたガリアーノ、待っていたかのようにアンコールはピアソラのoblivion(望郷)であった、このメロディは武満徹の作曲した”仮面の告白(映画)”に通ずるなにかを感じる。

望郷、なんて残酷な言葉だろう、人によっては捨てた故郷、それでもやりきれないほど帰りたい故郷なのだ。

この曲をガリアーノはアンコールの一番目に持ってきた、ずるい、卑怯だ、胸にそっとしまい込んでいた扉を開けるなんて。拳を力一杯握り締め演奏が早く終わることを祈った、でもその祈りはいとも容易く崩れ目元は涙で溢れていた。

ガリアーノはフランスのカンヌ出身だが、血はイタリアだ、父の生まれ故郷に彼は思いを込めて弾いたのだと思う、望郷……忘れることのできないふるさと、ガリアーノの蛇腹は縦横に揺れていた。

 

 

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