自転車シェアリングで、摩天楼を疾駆する

ニュースで自転車シェアリングを取り上げていた、sharing……共有する、または分け合うとかの意味になる。

近年やたらこのシェアリングと言う言葉を耳にする、家事のシェアリングに始まり、オフィスシェアリング、カーシェアリング、ルームシェアリング等々と時代は共有の大売り出しと言った感じだ。

僅かしないものを分け合うことは大いに結構なことだが、今回の自転車に限っては少し様子が違う気がする。

自転車のシェアリングは願ってもないことなのだが、その目的たるや5年後に迎える東京オリンピック・パラリンピックを見据え、自転車を共同利用する公共交通としてスタートしたのだとそうだ。

既に江東区、港区、千代田区の3区で利用されている、また中央区でも導入に向け準備を進めているとのこと。

謳い文句は”環境に優しい自転車の利用を促進しよう”、環境を考えているならもっと早く行動に移すべきであり、オリンピックを盾にするのはどうかと思う。

先の東京オリンピックでは住み慣れた土地を離れ、それと引き替えにアスファルトをめくり上げ道路の拡張、さらには高速道路の突貫工事、その高速とやらも今では低速道路として揶揄されてしまう始末、日本という国は本当に都市計画というものを考えているのかと、疑いたくもなる。

 

近づくオリンピックを考え、渋滞事情の緩和を考えての決断なのだろう。

舛添都知事は選挙公約で車道に自転車レーン網を敷くというプランを挙げたが、それはオリンピックというお題目あっての計画で、果たして都は2020年までに計232kmに延伸する計画が達成できるだろうか。

因みに、自転車シェアリングの料金体系は港区を例にするとこんな具合である。

個人向けプランは、“自転車を持っていないがちょっと自転車を使いたい”、その場合の利用料金は基本料金無しの30分単位で100円(税込108円)、超過すれば自ずと延滞料金を支払うことになる。

一方、常時使いたい御仁には月額会員というシステムがある。

月(基本料金)/1000円(税込1080円)、最初の30分は無料だがそれを超過すると料金がかかる、それも登録はクレジットカードのみ、カードを持ってない人は利用できない。

結局のところ、ちょっとの人も常時の人も全て30分単位でのレンタル自転車である。

パリは1回30分以内の乗車なら無料で何度でも借りられるため、市民のみならず観光客にも広く利用されているという話だ。

どこがシェアリングかよく分からない、それに加えて値段が高い。

面倒な手続きは不要!携帯電話片手に気軽に自転車レンタルと掲示板に書かれていたが、老若男女全てに手軽にとは言えない、いまでも電車の改札口で戸惑う人がいるのに、軽々に気軽とは言えないだろう。

唯一、良いと思ったのは区を跨いで自転車を自由に借り、別のポートに返却できることだ、このシステムがオリンピックと関係なくスムーズに進むことを切に願う。

 

4年前に起こった東日本大震災では、自転車の人気ぶりは異常なほど高く、猫も杓子も自転車を買い漁った経緯がある。

それにより駐輪場はパンク状態となり、挙げ句には駐輪違反で持って行かれてしまうという有り様。

徐々に駐輪場も増えつつあるが、決して満足とは言えない状況だ。

東日本大震災で都心の交通網はいとも簡単に寸断した、それにより電車は止まり、自宅へ急ぐ人々が買い求めたのが自転車だった。

あっという間にサイクルショップの在庫は空っぽ、嬉しい悲鳴である。

だが、道路は車と徒歩の人で大渋滞となった。

自転車を乗り出すどころではない、動かない車の列と歩いている人々の間で、真新しい自転車を押しているというなんとも奇妙な光景を目にしたのだ。

そして今や自転車を見ない日はないほど、自転車はブレークしまくっている。

自転車シェアリング、環境を考えてというより、一番気になるのは事故だ。

いつだったか記憶は定かでないが、自転車事故で1億近い賠償金を支払ったというケースもあるくらいだ。

自転車も車も同じ乗り物、気楽な気持ちで走ると痛い目に遭う。

 

当方、30年前からロードバイクでポタリング、また遠出をしたものだがルール破りの自転車乗りが増え、うかうか街を走ることが出来なくなっている。

それでも街外れを走るときの気分は爽快そのもの、年と共に脚力は減少していくがそれを自覚し、車の行けない道をスイスイ通り抜けられるのは最上の喜びとなる。

もちろん、疾駆した後のアルコールがまた格別だ。

今年の正月、気持ちをリバイズするため都内をポタリングした。

正月と言うことも手伝って道路も混雑することなく、渋滞もなくスムーズだった。

初めに着いたのは御成門、遠くに増上寺が見えた。

行き交うのはねずみ色のスーツ姿ばかりが目に入る、年始挨拶でもしているのだろうか。

この界隈は高層ビルばかりで色気のないビジネス街、そんな中に森深い愛宕山神社が佇んでいる。

何度か参拝したことがあるので、あの急勾配の階段は避けトンネル側から上がっていった。

境内に入るとサラリーマンの新年詣出で長蛇の列、この愛宕神社、正面の坂を男坂と呼ぶらしく”出世の石段”という名があるそうだ。

故にスーツに身を纏った諸氏が大勢いるわけだ。

こちらはとんとそんな縁もなく、いつまで経っても出世というものには縁遠い。

お参りをしようかと思ったが、階段下まで続く列を眺めたら割り込む勇気もなく女坂らしいゆるやかな坂道をすたすたと降りていった。

この愛宕山さん、家康のお達しにより防火の神様として祀られたとのこと、江戸は火事が名物というくらい多かったため上様のご配慮を賜ったということか。

神社を出て、少し歩くと有名な虎ノ門”砂場”がある、思った通りここも長蛇の列、赤坂にある砂場とはどういう関係だろうか。

牛込柳町へ向かった、この辺りは昔の面影が残っていた。

町名も今どきのつまらない名称でなく町を思い描くことのできる町名であった。

近くには箪笥町、山伏町、筑土八幡町、砂土原町、袋町、白銀町等々なんともいとおしい旧名が残っている。

自転車を降り、ゆっくり町を歩く、麻布や青山とは違う趣のある景観だ、とはいえいつまでもこの景色が永遠とは行かない気もしないではない。

陽が西に傾き、家路へ急ぐ、渋谷にはこれでもかと言うくらい人の波、この雑駁な街はこれから動き出す。

走破距離、大凡60キロ弱、23区に自転車シェアリングができれば、散歩のついでにシェアリングという楽しさも加わる、それを楽しみにしつつ。

 

 

 

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