「八木一夫という最強の芸術陶芸家を知る」

プロジェクトマッピングにデジタルアート、さらには見た事も無い新たな機能から生まれる宇宙的なアート。
とにかく、アートのカタチというのは、時代が進めば進む程、新しい変化を遂げています。
こういった中、やはり不思議なのですが、古典というのは残って行き、まだまだ仕事としても成り立っているのですから、面白いものです。
例えば、日本画や西洋美術。
著名な人々が残す絵画や彫刻、インスタレーションを、素晴らしい美術館で見ることで、心が動かされますよね。

 

しかし、パソコンなども無い時代に生み出される、超アナログな方式で作られたものが、生き残っているのですから、結果的に何が素晴らしいとかダメとか、そういった議論をするだけバカバカしいような、そんな気にもなっていきます。

 

さて、つまるところ、そんなアートの中でも日本人が愛して止まないアート作品が、陶芸でしょう。
元を辿れば朝鮮半島からの伝来など、まぁ色々な説はあるのですが、今では備前焼や信楽薬、京焼など、日本独自のジャンルが確率されており、ある意味でのラーメンが国民食的な、そんな生活に密着してしまった分野でもあります。

 

言い方を乱暴に言えば、ただただ土をこねて焼いただけの、偶然の産物。さらには、歪みを入れたり敢えて壊れたような表面感にしたりと、醜悪の一歩手前…。こんなものが、素晴らしいという感覚で見る事ができる、そんな日本人の感性というのは、ある意味世界的に見ても素晴らしいのではないか、と思う度に感心させられます。

 

陶芸のポイントとしては、やはり日常使いをするアイテムであることでしょう。
絵画や彫刻、またデジタル的なアートというのは、観賞する事が基本的には目的です。
しかし、陶芸の多くは食器類など、そういった食との関係性があり、それが本来の目的でもあります。
動物をモチーフにした陶芸作品もありますが、本来評価されているのは、生活に密着したような茶碗や皿、花瓶などですよね。

 

しかし、陶芸をアートの域にまで高め、完全に生活感を排除すると、どういった作品が生まれるのでしょうか。
そんなアートととしての陶芸を完成させたのが、八木一夫という人物なんです。
陶芸に興味が無い方であれば、まず初めて聞く名前だと思いますが、八木一夫という人物、かなり凄いのです。

 

戦後、前衛陶芸という陶芸界にまったく新たな風を吹き込み、造形分野での高い評価を得た人物です。
あの司馬遼太郎も八木一夫の存在が、文学者を感じさせ、八木一夫がいる限り小説なんて書く事ができない、と言わしめる人物だったようです。
その作品の多くは、陶芸というよりは彫刻に近い雰囲気があります。

 

かなりの前衛的アプローチでありながら、足腰がきちっとなっているのが、根本に陶芸があるからでしょう。
カフカの小説『変身』の主人公である、ザムザ氏の名前からつけた作品「ザムザ氏の散歩」が発表された時、ここから八木一夫がアーティストとして出発したと言われています。

 

完全に、オブジェであり、どこかデガダンスを感じさせる、陶芸という機能を持たないアプローチを成功させたのです。
どうも、父親から口酸っぱく、立体感を捕まえろ、衣装に凝っても仕方なく、肉体と骨を掴め、と言われていたようで、それがオブジェとしての陶芸を、まさに表面的な存在でなく、内面的な強い存在へと表現させているのでしょう。
作品タイトルも「いつも離陸の角度で」など、まさにアート。


こんな凄い芸術家が日本にいたとは、ちょっと知らない方にとっては衝撃かもしれません。
もし、機会があるのであれば、多くの美術館に収蔵されているようですので、この目で八木一夫の作品に出会っても良いかもしれませんね。
一度、アナログな新感覚から何かを発見する事も大切な行動ということでしょう。

八木一夫という最強の芸術陶芸家を知る

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