アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 2

精緻に刻まれたレリーフにクメールの美意識が結晶する第一回廊

~ カンボジア アンコール・ワット 2~

熱帯の濃い緑のジャングルに囲まれる中に、広々とした敷地をもって聳え立つアンコール・ワットを正面から眺めると、その規模の大きさと、均整のとれた建造物に圧倒される。9世紀から15世紀にわたって、東南アジアで広大な領土を支配したクメール王朝の威光が偲ばれる。だが、寺院の中に一歩踏み入れると、権勢を誇るだけの建造物ではないことに気付かされる。


アンコール・ワットの建造物の中に入ると、最初に第一回廊を一周することになる。東西200メートル、南北180メートルの長方形の長い廻廊だ。

回廊を構成するラテライトで築かれた周壁の全面にわたって、精緻なレリーフが施されている。屋根や列柱にも様々な装飾が施され、回廊全体が巨大な絵巻物となっているのだ。

寺院伽藍の正面に位置する西面には、古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』からの説話が彫り刻まれている。南側には、『マハーバーラタ』の中のパーンタヴァ族とカウラヴァ族との戦闘の様子がリアルに描かれる。北側には、『ラーマーヤナ』から幾つかの代表的な物語が、順路に従って展開する。特に、物語の最後でクライマックスとなる、猿を伴ったラーマ王子と魔王ラーヴァナのランカー島での戦いに、壁の大きな面積を割かれている。

北面から東面の北側には、ヒンドゥー教にまつわるストーリーがレリーフでつながる。不老不死の妙薬「アムリタ」をめぐって争う神々や阿修羅、ヒンドゥー教の三大神の一つヴィシュヌ神の化身であるクリシュナと怪物バーナの戦い、ヴィシュヌ神と阿修羅の戦闘などが、豊かなストーリーが壁面に展開している。


そして、東面の南側にアンコール・ワットの第一回廊で最も有名な「乳海攪拌」の図が現れる。ヒンドゥー教の天地創世神話が、50メートルにわたって彫り刻まれている。ヴィシュヌ神を中心として、右にテーヴァ神、左に阿修羅を配し、綱に見立てた大蛇のヴァースキを引き合う。海を攪拌して乳海とし、天女アプサラスや女神ラクシュミーを生み出すばかりでなく、不老不死に妙薬を手に入れる。迫力溢れる描写の中に、永遠の生命を希求する人間の切ない願望が見え隠れする。綱を引き合う神々は、同じような表情と姿勢で一直線に並び、判を押したかのようだ。規則正しく連続する配列は、職人技としての評価で納めることができるものではない。この時代の美意識が築き上げた様式美の結晶なのだ。


さらに、南面の東側にもう一つの代表作「天国と地獄」の図が登場する。三段に分割された壁面の中段に、閻魔大王と裁きを待つ人々が描かれ、上段は天国、下段は地獄の様子が描写されている。地獄では、舌抜き、火責め、針責め、ムチ打ちなど、痛々しい刑の場面が次々に登場する。各々の場面の描写は迫真に迫り、背筋が自然と伸びてくる。

南面の西側は「歴史回廊」と呼ばれ、建立者のスールヤヴァルマン2世が王師、大臣、将軍、兵士などを従えて行幸する姿が彫られ、様々な人々の息づかいが聞こえてくるかのようだ。

アンコール・ワットの第一回廊は、全長760メートルにわたる周壁が、何枚ものカンバスを構成しているのだ。そこに卓越した技術で精緻に彫り刻まれた様々なレリーフは、宗教的な価値観や歴史的な意味を語りながらも、研ぎ澄まされた美に対する意識を漲わせている。回廊を一周すると、美術館の中にいるような錯覚を覚える。また、一歩一歩足を進めるに従って、動画のスクリーンが展開しているようにも見える。

大林 等

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