アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 3

第二回廊の格子状の連子窓の間の壁面に描かれる

神秘的な微笑みを浮かべる女神「デヴァター」

12世紀にインドシナ半島で絶大なる権勢を誇ったクメール王朝が育んだ美意識が、精緻なレ
リーフによって絵巻物を作り上げるアンコール・ワットの第一回廊から、中央に向かって十字
回廊がつながる。

十字回廊は、千体仏の回廊を意味する「プリヤポアン」と呼ばれ、4つの中庭に沐浴池が作ら
れている。沐浴池は、今では池の底の石が露わになっているが、往時には水を湛え、参詣者は
この池で身を清めたと言う。アンコール・ワットの中心に聳え立つ中央祠堂にも4つの沐浴池
を備え、天空の聖池と呼ばれているが、十字回廊の沐浴池は地上界の聖池と呼ばれている。宗
教的な意味合いをもつ池ではあるが、熱帯の厳しい陽射しが差し込む中の池に湛えられた水
は、訪れた人に潤いを与えていたことであろう。

十字回廊の東の端に位置する17段の石段を登ると、第二回廊に入ることができる。東西に1
15メートル、南北に100メートル、一周すると430メートルの廻廊だ。

歩廊には、際立った装飾は施されていないが、壁面に連子窓が並び、その間を埋めるように女
神の「デヴァター」が刻まれている。

連子窓は、そろばんの玉を窓の上部から下部に向かって縦に並べたような格子状の窓だ。通風
や明かり取りを目的としたものであるが、アンコール・ワットの建造物の中で特徴的な景観を
見せている。不必要な装飾を排除し、シンプルで幾何学的な美しさをにじませている。重厚な
石造建築の重苦しさを和らげ、暖かみを周囲に漂わせる。連子窓を通して注ぎ込む太陽の光
は、反対側の壁面や床面に、光と影のシルエットを映し出す。形や色彩は、天候や太陽の位置
によって、時間とともに少しずつ変化する。

格子状の連子窓の横の壁面のいたるところには、穏やかで神秘的な微笑みを湛えた「デヴァタ
ー」のレリーフが彫られている。

一体だけが彫られた壁、二体が対になって彫られた壁、数体が連続性をもって彫られた壁、様
々な壁面が、回廊を取り巻く。各々の「デヴァター」は、豊満な胸とおへそを露わに出す共通
性はもっているが、ユニークな頭飾り、ネックレスなどの装飾品、髪形、顔の表情、体の動
き、プロポーション、衣装には一つとして同じものはない。繰り返し目の前に現れるレリーフ
には、女神が個性的に描写され飽きることなどない。微妙な違いが見る者の心をひきつけてい
く。

インドでは、豊満で肉感的な女性の姿が大胆に描かれるヒンドゥー教寺院が数多くあるが、ア
ンコール・ワットの「デヴァター」では、肉感表現をいたずらに誇張することなく、しなやか
で優美な姿に描かれている。クメール人が培った独創的な美的感覚は、顔の表情や頭飾りなど
に施された豊かな装飾性の中に器用に活かされている。腰のくびれから、ゆるやかな曲線で描
かれる下半身は、この当時の女性の理想的なプロポーションを物語っているように見える。柔
らかな線で表現される輪郭や、包容力に満ち溢れた顔の表情に、神格化された女神でありなが
ら、距離感を超越した親しみを感じることができる。思わず声をかけてみたくなるような親近
感をもった姿だ。平面的な構図ばかりでなく、浅彫り、深彫りなどの技法も巧みに利用し、レ
リーフに奥行きを加えながら豊かな表現を実現している。

アンコールの遺跡全体では、2300体にものぼる「デヴァター」の姿を見ることができる。
その全ての「デヴァター」は、魅惑の微笑みを湛えながら、時間と空間を乗り越えて神々の世
界へ導いているかのようだ。

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