物語.1

名取沙織29歳。

勤めている練り惣菜店が二子玉川に新規出店するにあったて、新店舗の店長に抜擢された。

私は店長と言う立場上、トラブルなどの対応が24時間できるように、この土地に引っ越しを決めた。

東小金井から二子玉川は予想以上に遠かったが、気が付くと、車内でその街の名がアナウンスされていた。

寝ぼけ眼の私は先ず、駅の改札を抜けた瞬間、ファッションビルの入り口が現れるというセレブな出迎えに衝撃を受け面食らってしまった。

さらに見渡せば周囲には高層マンション立ち並び、ベビーカーを引いたキレイな女性たちで溢れている。

「ヤバい、完全に場違いじゃん」

意思より先に言葉が出てしまった私は、取り敢えず目立たない場所を探し、彼の到着を待った。

この空間に後ろめたさはあったものの、お洒落で洗練された雰囲気は嫌いではない。

この街で暮らしていれば、この場所にきっと似合う女性になるはず。

そう自分に言い聞かせ、勝手に将来の妄想に耽り出した時、背後から突然声を掛けられた。

「おい。改札出た所で待っててくれって言っただろ。何故にこんな柱の裏にいるんだよ…」

「あ…。ごめん。何か、ここが一番落ちついたと言うか…」

「相変わらず自由な奴。ま、いいや、とにかく荷物だけ置きに行こう」

「え、あ、うん!」

声を掛けてきた男性は私の彼氏の時田勇一。

デザイン事務所に勤めている勇一はとにかく全てがお洒落で、私みたいな田舎者は何となく気が引けて何となく申し訳ない。

「そういえば沙織さ、荷物ってそれだけ…?」

「うん、そうだよ。あ、あれ、無いわ!ボストンバッグが無い!電車に置いてきちゃったかも!」

そうだ、朝まで新しい売り場作りの計画を練ってた分、電車で思いっきり寝てしまったんだ。奇跡的にこの駅で起きたけど慌てて…。

「それマズいだろ?何入ってたの?」

「フライパンとか、鍋とか。あ、後はタオルケットかも」

「そういうのさ、全部俺の部屋にあるからさ。沙織の部屋のは処分しなよって言わなかったけ」

「うん。言ってたかも」

「それ、取り戻さなければマズそうな感じ?」

「いや。大丈夫な感じ」

その瞬間、思わず勇一が吹き出し、それにつられて私も大笑いした。後先考えない性格の私を勇一は本気で楽しんでくれる数少ない理解者だ。

こんな事で良いのだろうか?とも思ってしまうのだけれど、とにかく“なるようになる”ということで同棲生活を楽しもうと思っている。

「まぁさ。沙織が良いんじゃいいよ。とにかく部屋に荷物置いて何か食べ行こうよ」

「賛成!」

こんな適当な感じで私たちの生活がスタートした。

つづく

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