勇一の住んでいるマンションは、駅前の喧騒を離れた古びた商店街にある。
玉川高島屋の裏手にあるその場所は、いつの間にかタイムスリップをしたかのような風景が広がっていた。
団子屋に魚屋、古びた郵便局。ランドセルを背負って追いかけっこをする小学生たち。
駅前の都市開発区域と同じ街なのか、と思わず目を疑ってしまう。
「やっぱりこっちの方が落ち着くよな」
「うん。何か懐かしいね」
「別に生まれ育った場所じゃないけれどな」
「でもさ、きっと商店街ってそういうパワーがあるんだよ」
他愛も無い会話の中に幸せを感じていたのも束の間、私は面白いものを見つけた。
「あれ?鮎ラーメンって何?」
「あぁ、そこね。もう10年くらい営業してるらしいけど…。そう言えば一回だけ行ったことあるわ」
店内が透けて見える程の薄い素材で作られた“のれん”には、鮎の文字が丸で囲まれた店名ロゴがデザインされている。
それはともかく、鮎ラーメンと言うわりには魚臭さは漂ってこない。
「鮎でとった出汁のさっぱりした味なんだけどさ、臭くないし、食べやすかった記憶があるなぁ」
「へぇ…」
「鮎ゴトラーメンってのがあって、焼いた鮎がそのまま乗っている物もあったよ」
「まるでニシン蕎麦ね」
薄く透明感のあるスープに焼いた鮎が乗れば、それは美味しいだろうな…。
私は勝手に頭の中で胃袋を満たそうと必至に想像した。
「こういうのって外国人からしたら“クール”に見えるのかな」
「そりゃそうでしょ。ラーメンは今や世界ではクールな日本食よ。そこに鮎が乗っているなんて、まさにアートなんじゃないかしら」
「僕たちとしてみればさ、見慣れて何も感じない物が、外から見ると斬新で格好良く見えるんだよね」
「さすが勇一。私たちも、もっと色々見直さなきゃね!」
私達は得意げに語ったつもりだった。
しかし、となりを歩いていた年配の女性が、何かに堪えきれずに吹き出してしまった。
「…、ご、ごめんなさいね。あなた達面白いわ」
私は何が面白いのか意味が分からなかったが、勇一もその女性と一緒に笑っている。
ま、笑いには罪がないから良しとしよう。
そんなことを考えながら目的の場所へ向かった。