ラーメン屋を直進したところにあった小さな郵便局を過ぎて、15分。
勇一の住むマンションがちょっとづつ近づいてきた。
周囲はいつのまにか閑静な住宅街に変わり、商店街とは180度違う雰囲気。
私は様々な表情を見せる、この街の守備範囲の広さに、改めて感服した。
「ったく。ごめんね。駅から遠くて面倒なんだけどさ、8件廻ったんんだけど、良い部屋がここにしかなくて」
「ううん。勇一が気に入ったんなら間違いないし、私、歩くの嫌いじゃないから」
「お、健康優良児の発言!」
「何それ?健康しか取り柄が無い私への当てつけ?」
ムッとした私を見た勇一は瞬間に目を逸らして笑っている。
「今の会社で5年間病欠無しでしょ?すげータフ」
勇一はひたすら笑っている。私には何がおかしいかさっぱり分からない。とにかく、何か言えば言う程、バカにされそうな気ががしたので、黙って歩いた。
「よっしゃ、着いたぞ」
「うわ!立派なマンションじゃん!」
そう、若者の一人暮らしに加え、立地が二子玉川といったら貧相なアパートか、古びた耐震構造を偽装していそうなダークグレーのマンションを想像していた。
意外にも入り口は緑に囲まれてキレイだし、外装もヨーロッパ風の作りでモダンな雰囲気だ。
「確かに、駅から離れていても住みたい場所だね!すごいキレイ!」
あ、ヤバい。興奮して鼻の穴が広がり出した。
「抑えて抑えて…」
「ん…」
勇一はこうなるといつも鼻を摘んで来る。私たちの中ではこの行為は、すでに自然なカタチで儀式化されている。
「ぷっ!沙織、今日油っぽいわ。どうした?」
彼は私の鼻の皮脂がタップリ付いているであろう右手の親指と人差し指を、ジーンズの生地でとっさに拭いている。
「ちょ、やめてよ!やだ…、もう」
私たちは、付き合って2年3ヶ月。セックスも何回もしているし、スッピンの写メも数百枚は撮られているだろう。それなのに、こういった状況は死ぬ程恥ずかしい。この感覚は不思議でたまらないが抑えることはできないようだ。
「あはは…。ま、いつもことじゃん。さ、エレベーターで4階に行くよ」
「はーい」
私が悪いはずなのにムッとしてしまう。
あぁ、これじゃいつまでたっても、二子玉川に似合う女性になれそうもないな。
エレベーターのボタン側に立って数字を見つめる勇一の隣で、私なりに自分のふがいなさに落胆していた。