そういえば、付き合っているのに「遠い」という理由だけで勇一の部屋には行かなかった。おかしい話かもしれないが、私の仕事が朝早いこと、乗換えが面倒なことなどを加味し、部屋で会う時はいつも私の部屋だった。
おかげでデートの時に購入する謎の雑貨類は、全て私の部屋に置かれた。
まぁ、引っ越すにあたって勇一曰“狭くなるから”と言う理由でほぼ捨ててしまったのだけれど…。
「やっとついたよ。さっさと荷物だけ置いて飯食いにいこう」
「うん、あ、4階なのに505号室なの?」
「え?あ、そうだね。特に気にしなかったけど、日本人は4の字に抵抗があるんじゃないかな」
「そうかもしれないけど…。こんな都市伝説的なマンションが実在するとはね」
「あ。部屋のどこかにお札とかなかったの」
「そういえば、ブレーカーのあたりに貼ってあったかも」
「え!?恐っ!私帰る!」
「ウソだよ。沙織、単純すぎるって。しかもどこに帰んのさ」
「う、確かに…」
ふざけているだけなのだろうが、こうやっていつも私を騙す勇一だけに、たまに言っていることが嘘か本当か分からなくなって不安になる。
「ま、入って、入って」
「お邪魔します」
ほど良い重みの引き戸から見える部屋は、まるでパリが縮小したような空間が広がっていた。
「うわっ、お洒落すぎ!落ち着かない!」
「そうかな?元々設置されていたインテリアを工夫して使ってるんだけどな」
まず、キッチンが凄い。
工場のような作業台に、所々アンティーク感漂う木材の収納、ちょっとした薄めのグリーンのタイルもパリのアパルトマン風だ。
「これ、まるでインテリア雑誌に出てくる部屋じゃん!こういった部屋に住んでいる人って実在するんだ」
「何となく棘がある言い方なんだけど…」
そう、こういったセンスが自分には欠落している分、私はただ、僻んでいるだけなのだ。性格上、素直に感動できないので、お洒落な人にはいつもこういった対応になってしまう。
「で、でも、すっごく素敵な生活ができそうだし、すっごい楽しみ!」
非常に陳腐な私の弁解を聞いた勇一は、荷物を片付けながら微笑んでいるだけだった。
素敵な物には興味はあるのだけれど、いざ自分で探したり集めたりするのは億劫でだし、何から買えば良いのかが分からない。
その点、勇一はしっかりと“そのこと”に対してはこだわりがあるので、私なんかは感心を通り越して尊敬しているのだ。
「とにかく今日からは二人で住むんだし、ちょっとづつ必要な物を増やしていこう」
「新しいおでん鍋も買うの?」
「そうだね、ル・クルーゼで良いんじゃない?」
この発想は自分にはなかった。
とにかく、全てが一新しそうだな。私は今からの生活を妄想しつつ、にやけが止まらぬ自分の顔を何故か撫でていた。