「ガラス細工の身体」

現在、「情熱のピアニズム」というドキュメンタリー映画が此処彼処で上映されている。1999年1月に夭折したジャズピアニストのミッシェル・ペトルチアーニ(36)、まさしくこの映画は映像としてのレクイエムである。
最初に受けた衝撃は、ピアノの弦が切れるのではないか、と思われるほどの強いタッチだ。鍵盤を叩く音は心に訴えかけてきて、無上の清らかさや魂の魅惑を感ぜずにはいられなかった。
実は、4月末の小雨降る薄暮の中、ビデオアーツミュージックの海老根氏と内々の試写会をご一緒したのだった。ミシェル・ペトルチアーニの膨大な記録映像を基に、41人もの証言者たちがペトルチアーニの思いを語るドキュメンタリー映画「神様のピアニスト(試写会時の仮題)」である。会場内は内々ということもあって、7~8名という静かな試写会であった。
画面にはアナログの丸時計が場面展開にモンタージュされていく、ペトルチアーニの余命をメタファーとして表現したのだろう。
ある程度ペトルチアーニの出自は知っていたが、その情報はライナーノーツや音楽雑誌から知り得たもので余り意味を成さない。この映画を撮った監督は(マイケル・ラドフォード/イル・ポスティーノやヴェニスの商人等)、”情報には興味がない。人間性に興味があるんだ”とインタビューで応えている。
およそ情報というものほどいい加減なものはない、人はそれに振り回され分かった気になっている。
ペトルチアーニのレントゲン写真が映し出される場面があるのだが、痛々しかった、証言者の一人であるフィニドーリ医師は言う”ガラスのような骨の病気で、些細なことで骨が砕けてしまう”と、骨形成不全症であったことは分かっていたが医師の言葉は生々しかった。
ペトルチアーニは恋多きピアニストだった、きっと愛さずにはいられない性分なのだろう。映像の中で何人もの女性が登場したが、何度結婚したか忘れてしまった、でもシーンの中で誰一人ペトルチアーニを悪く言う女性はいなかった。結婚シーンが一場面あった、それをバックに生演奏するメロディは時にせつなく、崇高であり、心打たれ涙が滲んでしまった。
1メートルにも満たないペトルチアーニに女性たちは跪いてキスをする、その光景がキリストに口づけする姿に見えたのだ。
骨が折れそうなくらい鍵盤を叩く、幾度も指の骨折もあったと紹介されていた。その指がアップになる、驚くほどの指の長さ、それはまさしく神が作ったとしか思えない長さであった。
ペトルチアーニは言う、”ピアノの蓋を開けるのが怖かった、開けると大きな歯が言うんだ、弾けるものなら弾いてみろって”、それくらい毎日毎日鍵盤と向き合い彼独自の音を探していたのだろう。短い人生であったけれど、鍵盤を叩いた回数は確実に100歳を越えた人生だったと思いたい、彼が旅立って14年の月日が流れた。
ペトルチアーニはパリのペール・ラシェーズ墓地に眠っている、そしてその隣人はかのショパン、なんという巡り合わせだろうか。
誰かが仕掛けたのだろうなんて、野暮なことは言いたくない、今頃は二人でセッションしているのだろうか、この映画の成功を祈らずにはいられない。
ペトルチアーニのライブを青山で聴いたのは遙か昔、未だあの大きなクリクリした目が未だ残像として残っている、もう一度あの弦が切れるほどの音を聴きたかった。

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