「衣服のトポス」

ファッションという「言語」をひとくくりにしてしまうのは少し早急過ぎたかも知れない。なぜならば、「模倣」という名を根底から覆してきたデザイナーたちがいたからだ。川久保玲、山本耀司、三宅一生、この3人の脳の中には模倣というPalore(言の意/ソシュールの用語)はいらない。
纏うという概念を破りすて世界へ向けて発信した。その発信はモード界を揺るがしいまや至る所に増殖化している、もうひとつの「模倣」に向けて。
中でも、川久保玲のデザインする「コム・デ・ギャルソン」の衣装は異彩を放つ。先行き不透明感な長期不況、民族主義や保守回帰の動き。そうした潮流を反映するかのように、ファッションの世界でも思い切った新作がでてきてない。そんなことをよそに、体温の微温的な展開にあっても唯一存在感を示したのがコム・デ・ギャルソンだ。
静けさは、ときに饒舌な仕掛けを凌駕する、コム・デ・ギャルソンのショー。昨日よりも今日、今日よりも明日と、常に停滞を拒み、新機軸を追求してやまない彼女の盛んな創作意欲は、すでに知られているところだ。
パリコレにデビューして31年。去年のパリコレのモチーフは白を基調とした「白のドラマ」だった。川久保玲は言う、「喜びや悲しみなど様々あってこそ人生、それを白で表現した」のだと。つまり無垢の中にある狂気とでも言えば良いのだろうか。
デザイナー歴31年の中で、やはり96年の「こぶドレス」は衝撃だった。こぶ、つまり羽毛のパッドは、ストレッチ素材のドレスの中に天使の翼よろしく張り付くかと思えば、腰まくらふうであったり、大蛇のように身体のわきに絡んでいたり。また、紙でボリュームをつけたスカートも登場していた。
当時こんな事を川久保は話していた「服が身体になり、身体が服になるとの発想です。服と身体を分けないで、両方が渾然一体となって身体の新しいフォルムを作り出せれば、ということでしょうか。固定観念にとらわれていては見えない、身体のバランスの美しさがあるのです。服とボディが一体化したイメージで、どんな過去をも振り向かない服づくりをしたかった」と。
これまで見たこともない服のシェイプ(形)に、多くの客は一瞬、度胆を抜かれたが、奇異な服の前例はいくらでもある。
十六世紀末のエリザベス一世時代の英国では、腰の回りに浮き袋状の輪をはめて胴長に見せる服があった。十八世紀フランスでは腰骨の左右にあてがうパンエ(腰部を膨らませたスカート)が流行、ベンチの横幅をとるので席順を決めるのに困ったそうだし、はしごを架けて髪を結うほどカツラが極端に大きくなったこともあったとか。
さて、彼女の服はどうだろうか。異様というには見るほどにデフォルメの印象が優美だし、どこか官能的でもある。少なくとも外見上の直感で一律に断じることはできない。彼女は現に着てほしいために服をデザインしたのだし、その服が美しいかどうかは、着る人が自分で判断すればいいことなのだから。
川久保はパリコレ前に朝日新聞(2012/1月)のインタビューでこのようなことを語っていた。「すぐ着られる簡単な服で満足している人が増えています。他の人と同じ服を着て、そのことに何の疑問も抱かない。服装のことだけではありません。最近の人は強いもの、格好いいもの、新しいものはなくても、今をなんとなく過ごせればいい、と。情熱や興奮、怒り、現状を打ち破ろうという意欲が弱まってきている。そんな風潮に危惧を感じています」と。どうやら経済破綻が世の中を沈滞ムードにしているだけではなさそうだ、人間本来が持つ、本能さえも見失っている気がしてくる。
既成のいかなるファッション用語でもくくれない未来の服に向けて、どこにも彼女から「模倣」の「模」さえでてこない一歩先に踏み出す挑発的な試みだ。日本の産業そのものを模倣・複写とオール・イン・ワンで呼ぶには早計と言うほかない。日本という国の「カギ穴」から覗けば、ある一点しか見えてこないものでも、彼女の手にかかればカギのデザインさえ変えてしまうくらいのエネルギーの持ち主。さらなる「扉」のカギはいったいどんなものだろう。

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