アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 4

大空に向かってエネルギーを放つ第三回廊の5つの塔堂

日本では京都の貴族が国土を治めた平安時代の12世紀の前半に、インドシナ半島ではクメ
ール王朝が強大な帝国を築いていた。絶大な権力を誇示するために、壮大な規模をもつアンコ
ール・ワットが建造された。そのシンボルとなっているのが、敷地の中央に建つ5つの塔堂
だ。現代ではカンボジアの国旗の図案となっている。環濠、第一回廊、第二回廊に囲まれた第
三回廊の中に、堂々とした姿で青い空に向かって聳え建つ。

塔堂が並び立つ第三回廊には、第二回廊からつながる13メートルの急勾配の階段を登って入
ることになる。階段は第二回廊から垂直に直角に近い角度でそそり立ち、真上を見上げながら
断崖をよじ登らなければならない。一段一段を踏みしめながら、天に向かって歩みを刻んでい
るかのようだ。

階段を登りきると、4つの沐浴池と回廊が十字回廊を構成する一辺60メートルの空間が広が
る。第一回廊と第二回廊の間にある4つの沐浴池が地上界の聖池と呼ばれているのに対して、
第三回廊の沐浴池は天空の聖池と呼ばれている。

第三回廊の4隅と中央には、5つの砲弾のような形をした尖塔が大空に向かって聳立してい
る。プラサートと呼ばれる五層のクメール式の塔堂だ。中央祠堂は、回廊の床からは34メ
ートル、地上からは65メートルの高さをもち、平面的な広がりに垂直的なスケールを加え、
立体的な構図を作り上げている。

アンコール・ワットを建造したスールヤヴァルマン2世は、この寺院で自らの絶大な王権を神
格化しながら、独自の宇宙観を表現した。中央の祠堂は、世界の中心と考えられた神々が宿る
メール山、須弥山を象徴している。周囲に何重にも層を重ねる回廊は、雄大なヒマラヤ連峰、
環濠は無限の広がりをもった大洋を具現化したものだ。中央祠堂にはヒンドゥー教の三大神の
一つ、ヴィシュヌ神が降臨し、王と神が一体化する聖なる場所となっていたと考えられてい
る。クメールの王は、神聖なる場所を築き、天界、宇宙の支配者である神々と交信することに
よって、王権を神聖化したのだ。往時にはこの場所で、厳かな儀式が頻繁に執り行われたこと
だろう。中央祠堂の中には、スールヤヴァルマン2世とヴィシュヌ神が合体したヴィシュヌ
・ラージャ神の像が祀られていたと伝わる。

十字回廊の中心に建つ祠堂は、回廊の4隅の祠堂と直角二等辺三角形を作り、幾何学的に安定
した構成となっている。中央祠堂に向かう4つの三角形の辺が、中心に向かう方向感とエネル
ギーを生み出している。祠堂の中央に集結したパワーが、頂点から天に向かって放たれている
かのようだ。

各々の祠堂の外壁のいたるところには、ヒンドゥー教の神々の像や、様々なレリーフが刻みこ
まれている。堂々とした造形の細部には、細やかで豊かな装飾が溢れる。壮大な建造物の隅
々にまで隈なく、当時のクメール人の美意識がほとばしっているのだ。

アンコール・ワットの石造り建築は、何百年に及ぶ長い歳月にわたって、熱帯を襲う強い雨
や、激しい陽光に晒されながら今日に至っている。それは、12世紀当時のインドシナ地域の
歴史や宗教観、美意識を物語るばかりでなく、バイタリティーに満ち溢れた生命力を私たちに
伝えている。

地域性や時代性が独自の美的感性を育て、卓越した作品を後世に残す。アンコール・ワットの
造形や、精緻なレリーフには、遠い過去の作品とは思えない、斬新で生気に満ちた表現力を感
じとることができる。完成された美の結晶は、時代や風雨を乗り越え、様々なことを現代人に
語りかけてくる。

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