「ジャン・コクトー…美の祝祭」

転居するまで机上に色褪せたコクトーのポートレートが飾ってあった、引っ越した際に棄ててしまったか、それとも段ボールに眠っているか未だ行方不明のままである。
その肖像は陰影のきいたモノクロームの写真。構図は、スズランを口元に近づけ今にも試味しそうな雰囲気を漂わせていた、それはある種の合図であることを想起させるスリリングな写真であった。

詩人・小説家・画家・評論家・映画監督・劇作家・脚本家…数え切れないほどの肩書きが並ぶ、まさにマルチクリエーターの先駆者と言っても過言ではない。
コクトーの内で、あらゆるイメージが渦巻き、その度毎に藝術表現が変わっていったのかも知れない。コクトーが旅立って今年でちょうど五十年、フランスでは没後五十年の祝祭はあるだろうか、確か没後20年にはフランスの新聞「リベラシオン」がコクトーの特集号が出たことを記憶している。

コクトーには多くのエピソードが付きまとう、その一例をと考えたが世界に数多いる評論家たちの情報量には及びも付かない、敢えて挙げるには辛いものがある。
その一方で、ジャン・コクトーには名言や箴言めいたものがたくさんあり、その言葉は心の内を大きく揺さぶられる。中でも一番は、“美よりも先に走る”という言葉だ、人が造った名言集など全く興味を持ったことがなかったのになぜか捕らわれてしまった。
この言葉と出会ったのは高校時代だったかと思う、どこから仕入れたのか完全に失念してしまったが、多分ユリイカあたりの雑誌から見つけたのだと思う。爾来、この言葉に取り憑かれてしまった。
”美よりも先に走る”とは一体どんなことなのだろう。つまり美の極致、コクトーにとって美を追いぬく、その先には何があるのか、それは宇宙の果てか。ここで言う美とは美しさを示しているものではないと思う、先陣を切ってアートに取り組む姿、それを克ち取る者こそコクトーであり、誰にも譲りたくない強固な気持ちが内在化し表れた一語なのかも知れない。時に美は醜悪であり、また狂気となる、その危うさをコクトーは充分に熟知しアートのエッジを駆け抜けて行った人物に他ならない。美が定義されれば、無に等しい陳腐なものになる、アートの錬金術師コクトー、それはまるで縦横無尽に操るマリオネットの如く私たちを翻弄させた男だった、コクトーの味覚を味わうのにはまだまだ時間が必要のようだ、ますます迷路に迷い込んでしまった。

さて、没後五十年の祝祭になにが飛び出すのやら、手ぐすね引いて待つことにしよう。

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