物語.7

マンションから出ると、どこからともなく良い香りが漂ってきた。

どこかの家で夕飯の支度をしているのだろう。
しかし、日本であればこの香りはどこでも嗅ぐことができるので不思議だ。

「お、この香り…、肉じゃがかな?」

「ぽいね。でも、実際はどうだろうね」

「さぁ…」

確かに煮物の香りは全て肉じゃが系に感じてしまう。
きっと日本人であることでの、擦り込みに近い感覚なんだと思う。

「そういや今日は外で食べるの?それとも何か惣菜でも買ってサクッといくか?」

「うーん…。作るのは面倒だけど外食するのも寂しい気もするな」

「じゃ、取り合えずデパ地下にでも行っとくか」

「賛成!」

きっと勇一は外食でも良いのだろうが、私が無類のデパ地下好きということもあって気を使ってくれたのだろう。こういう気遣いが嬉しい。

私たちが今回出向いたのは、駅直結のショッピングセンターの地下に展開する食品売り場だ。

とにかく広く、都内初出店などの貴重なテナントも数多く点在しているこの売り場は、テレビでも時折、特集されている。

私はこういった場所に来ると、宝の山に入り込んでしまった感覚に襲われ、心の震えが止まらない。

「そういえば、今年はボジョレーヌーヴォーって飲んでなかったよな」

「あ。私、あのフレッシュな感じがちょっと苦手だからパス」

「おや?語るね」

「渡航費もかかってるしさ、しかも私は今、日本産の白ワインにハマってるし」

私の感覚だとボジョレー・ヌーヴォーを避ける人間は少なくないはずだ。しかも、その年に収穫される葡萄の善し悪しを判断する目的があるらしく、せっかくお金を出して購入したのに、不味かったら最悪だと思う。

「なるほど。まぁ、好みは人夫々だしね。でも、今年度のワインの出来を語るのも、ワイン好きにとれば楽しいイベントだと思うけどね」

「どうせ、私は楽しめませんよ」

「まぁまぁ…」

食品の事になると私は結構勇一に厳しく当たってしまう。
しかし、彼はそれを楽しんでいるのできっとM体質だと密かに私は睨んでいる。

「取り敢えず、今日はは沙織の引っ越し祝いということで白ワインにしようか」

「そうこなくっちゃ!」

直ぐに機嫌が良くなった私の背中に手を添えた勇一が、酒売場へと先導してくれた。

つづく

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