アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 9

菩提樹の根が傷ついた仏頭を優しく包む自然と人間の造形のコラボレーション

~ タイ アユタヤ ワット・マハタート 2~

古代から脈々と続く人間の歴史において、人間同士の争いが絶えることはない。数々の戦争の体験から世界平和が声高に議論されても、常に世界のどこかで抗争が起こっている。テレビニュースや新聞の報道の中で、戦争によって犠牲となった人や、傷ついた人が映像に映し出されることは珍しいことではない。
タイの古都として知られるアユタヤのワット・マハタート寺院には、人間の抗争による爪跡が生々しく残されている。14世紀にアユタヤ王朝によって造営され、黄金に輝いていた寺院は、大きな変貌を遂げてしまい、往時の姿は見る影もない。

何度となく繰り返されるタイとビルマの抗争は、1767年頃にピークとなった。ビルマ軍の進軍によって、当時のタイの首都アユタヤは壊滅的な打撃を受けた。夥しい人々が犠牲になり、街の建造物は破壊されつくしたのだ。現在の街中に当時を思い起こさせるような痕跡を見つけ出すことはできないが、ワット・マハタート寺院が、その当時の歴史を忠実に記録している。

アユタヤに侵攻したビルマ軍は、街の建造物だけではなく、人々の心のよりどころでもある仏教寺院まで破砕した。寺院に建立された施設や仏塔、礼拝堂、仏像に向かって刃を振りかざした。寺院に並ぶ仏像の頭部や胴体を切り落とし、自国に持ち帰ってしまったのだ。無数の仏頭がビルマに持ち去られたのだが、一部の仏頭は切り落とされた場所にそのまま置き去りにされた。胴体の上にあるはずの仏頭が野晒しとなってしまった。無残に切り落とされた仏頭は元の位置に戻される術もなく、土の上に横たわったまま風雨にさらされ続けることになった。血が通わず体温の温もりのない石による造形物ではあるが、首を失った姿で一直線に並ぶ仏像の光景は、独特で異様な血なまぐささを漂わせている。

敷地内には今でも数多くの仏頭が横たわっているが、長年の時の流れによって姿を変えたものがある。熱帯に降り注ぐ大量の雨や、厳しい太陽の陽射しを受けて育つ植物の根が、傷ついた仏頭を優しくいたわるように包み込んだのだ。仏陀が厳しい苦行の末に悟りを開いたブッダガヤの地には、菩提樹が大きな枝を広げていたと伝わる。同じ菩提樹がアユタヤの地に育ち、仏頭を風雨から守っているのだ。偶然のことでありながらも、象徴的な光景といえるだろう。

痛々しさを感じさせる仏頭を目の前にしていると、不謹慎の感を免れないが、人間と自然が織りなしたオブジェのようにも見える。他の場所では見ることのできないアートだ。人間が彫ったマテリアルと自然の植物のコラボレーションが、思いがけない造形美を作り上げている。

菩提樹の根に支えられながら正面を見据える仏頭には、生命力が呼び戻されたかのようだ。大地から豊富な水や養分を吸収して大きく育った菩提樹のもつ逞しい精気が、根から仏頭に浸透している。命を吹き返した仏頭には穏やかで暖かな表情が戻り、丈夫な菩提樹の根や幹によって風雨を凌いでいる。その生命力にあやかるためにか、この仏頭の前で手を合わせる人の姿が絶えることはない。仏頭のまわりには小さな柵が施され、現在の姿が大切に保存されている。

人間の造形は、自然の石や土、木などをマテリアルとして使用してきたが、自然の現象とは切り離したところで行われてきた。時には多くの文明が、自然そのものを破壊することもあった。ワット・マハタート寺院で巨大な菩提樹の根に包まれる仏像は、人間の文明と自然が共存する姿を暗示していると言えるかもしれない。

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