物語.8

上りエスカレーターの近くにある酒専門店に着くと、そこには日本酒・焼酎・ワインをはじめとする様々な商品が並んでいた。

例ケースには酒の肴になるだろう、ご当地おつまみ商品も揃っており、酒好きにはたまらないラインナップになっている。

「お、勝沼ヌーヴォーってのがあるけどこれはどうよ」

「そうね。美味しそうだけど…。今回はパスかな」

「なるほどね…」

この酒店は、厳選された“良い酒”を販売することをコンセプトにしているだけに、銘品が揃う。しかし、こうアラがあまりない店になると本日の1本を選択するのが、かなり難しくなってしまうものだ。

そんな店内をうろつく私の目に、食品の入った冷ケース脇に展開されている“島根の地酒特集”が現れた。

「西の日本酒って美味しい日本酒が多いし、島根も例外ではなさそうね」

「へぇ。今日は日本酒にするの?」

「うん…。それもいいかも」

「で、あればさ。面白いのさっき見つけたよ」

「どこどこ?」

獲物を吟味する獰猛な動物の緊張感とはこんな感じなのだろうか?新しい商品との出会いに興奮した私の目の前に現れたのは、見たことのない日本酒だった。

「これワインじゃないの?」

「いや、これは日本酒みたいだぞ」

“ヴァージンロード”と名付けられたこの酒は、ラベルまでワイン風だ。

「モノトーンに英字表記の商品名って…。あ、確かに生詰のシールがあるわ」

「こちらは完全無農薬の山田錦で作られた正真正銘の日本酒ですよ。人工の乳酸を使っていない“自然派速醸酒母”の新しいタイプのお酒なんです」

横からにゅっと出てきたのは、紺の落ち着いた色調のハッピを着こなす店員だ。

説明を聞いてもよく分からないが、とにかく日本酒新時代の到来が来たことは間違えなさそうだ。

「本当に近頃は、洒落たラベルの日本酒が増えましたよね」

「はい。蔵本のご子息が都会から実家に戻ってきて実家を継ぎ、新しい経営方針を打ち出すパターンが増えていることにも、関係しているんでしょうかね」

どんなに美味しくても、オヤジ臭いビジュアルでは確かに若者には受け入れられない。私達の知らないところで、一生懸命に生き残りに向けて、努力をしている人々がいると思うだけで心打たれる。

「じゃぁ、これください!」

「おい。沙織、いいの?」

何となくだか、買わなくては日本人では無い、という錯覚に陥ってしまい、私は1.8・のヴァージンロードを買ってしまった。これは間違い無く二日酔いだ。

にやついた私の顔を怪訝そうに見つめる勇一を横目に、心は飲みきってしまうための副菜が集うコーナーへと向かっていった。

つづく

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