物語.16

適当にメイクを終えた後、私は朝食の用意をするためにキッチンへ向かった。

取り敢えず、職場には歩いて行ける。この余裕が必要だ。しかし、今日は初出勤ということもあり、あまりギリギリに行くことはしたくない。

そのため、朝食は適当に食パンにジャムを塗ったものにしおておいた。

「本当、爽やかな味だな、このジャム。やっぱ時子さんは天才」

時子さんというのは、昔働いていた雑貨店で知り合った年上の同僚だ。あまりにも古めかしい名前なので、銀行で呼ばれる時はいつも恥ずかしいと言っていた。時子さんは自分で何でも作るってしまう性格らしく、ジャムなどは既製品を10年は買っていないという。

仕事場が変わっても、月に2回程度は顔を合わせる仲になっていた私は、その度にジャムをもらっている。無論、私から与えるものは面白いと言われているyoutubeの動画だけなのだが…。

「今回は葡萄のジャム。甘酸っぱくて美味しいし、うんうん。とにかく重宝するわ」

朝から興奮して意味の分からない独り言を連発した私は、バッグにエプロンと三角巾を詰めたことを確認して部屋を出た。

二子玉川という街はサラリーマンも多く住んでいるようで、朝8時過ぎだというのに大勢背広姿の男性を見受けることができる。

ヒンヤリとたまに吹くすきま風に肩を竦めながら歩くその姿は、とても家族を養っている、という風格は無く、今から帰宅までに起こる全てのことに呪いを掛けているがの如く、かなり暗いオーラを放っていた。自分のオーラも大して変わらないのだろうけども、朝からどんよりするのは愚の骨頂だ、と言い聞かせ堂々と商店街を歩いていった。

今日は、アルバイトは全員出勤では無い。一応、主要メンバーの2人が来るとは聞いている。

「あぁ…。バカにされないかな…。何か行くの、イヤだな」

先程、気合いを入れたにも関わらず、気付くとサラリーマンが放つ負のオーラの輪に入って私とその人達は肩を並べて歩いていた。

つづく

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