アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 19

整備された水施設が人々の生活を支え、潤いを提供した古代の近代都市

~ トルコ エフェソス遺跡 3 ~

人間は一人では生きてはいけない。大勢の人々による分業が個人の生活を支える。様々な職業に従事する人が集まり都市に発展する。そこに社会が築かれ、それを維持するための秩序が産まれる。

都市の中には個人の住宅から、政治的な施設、商業施設、娯楽施設、公共施設が建てられ、個別の機能が発揮される。各々の施設は時を経ながら、効率的に機能が実現できるように整備され、住みやすい都市が完成する。近代都市が築かれるまでには長い時間を要するものだが、古代においても既に現代の市民生活と変わらぬ生活が営まれた都市があった。

トルコのエーゲ海沿いに発見されたエフェソスの遺跡は、ここに暮らした古代の人々が、近代的な社会生活を営んでいたことを証明してくれる。

南の入口から遺跡に足を踏み入れると、広場が来訪者を迎えてくれる。街に暮らす人が集会や娯楽に利用した場所だろう。広場の周囲には、アゴラ、オデオン、プリタリオンの跡が残り、いきなり古代の世界に誘い込まれる。アゴラでは様々な集会やイベントが開かれ、オデオンの半円形の舞台では芝居や演奏会が行われ、プリタネオンは公会堂の役割を果たしていた。

広場から北に向かって遺跡の中心部に向かって歩き始めると、2階建ての建物を支えた石柱が残る神殿が目に入る。紀元1世紀に建造されたドミティアヌス神殿だ。皇帝が家臣によって殺害されたため、神殿は取り壊されてしまったが、傍らには勝利の女神ニケのレリーフが、当時のままの姿で残され生気を放っている。翼を広げたニケの姿には、ダイナミックなスピード感が漲るが、流れるような曲線には優美な雰囲気を漂わせている。ギリシャ彫刻の極みとも言えるアート作品が、古代の遺跡の道端に無造作に転がっているのだ。

ドミティアヌス神殿近くにはヘラクレスの門が建ち、そこから遺跡のメインストリート、クレテス通りが整備されている。石畳の道を歩き始めて最初に目に引くのが、トラヤヌスの泉だ。三角形の屋根を備えたファサードが特徴的だ。104年頃に作られたファサードの下には池が設けられ、どの方向から見てもここが泉であることがわかる。泉の先には3階建ての巨大なスコラスティカの浴場が建造されている。往時には2つの施設に豊かな水を湛え、隣接するハドリアヌス神殿に訪れた人々に潤いを与えていたに違いない。

神殿の奥には石造りの壁に長いベンチが設置されたエリアがある。ベンチには等間隔に同じ大きさの穴があけられている。何とそこは公衆トイレなのだ。穴と穴の間に仕切りはないが、穴の下には下水路が整備されており、今でも立派に使えそうだ。今の日本の公園にある公衆トイレは小さな小屋が、公園の隅っこに申し訳なさそうに建てられているが、この遺跡での公衆トイレは、数十メートルの敷地をもつ開放的な野外トイレなのだ。ベンチの座り心地はとてもよく、用を足している人達の間で気軽に話ができそうだ。トイレが個室となったのはいつ頃からかはわからないが、古代の人にとっては排泄行為を恥ずかしく思う行為ではなかったのかもしれない。ベンチでつい長話なんてこともありそうだ。敷地の中央には池もあり、浴場が社交場であったのと同様に公衆トイレも社交場として機能していたのかもしれない。

エフェソスの遺跡には、神殿や政治的施設だけではなく、浴場、泉、トイレなどの上下水が近代的に整備されていた。人間の生活に欠かすことができない水の設備が、人々の生活を支えるばかりでなく、潤いを与えていたことに驚かされる。

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