物語.26

営業部長と呼ばれていた男性は久保晴雄51歳。転職に転職を重ね、今の会社に落ち着いたという。

不景気のせいもあり、様々な会社を落ち続けていたらしいのだが、うちの会社の面接時に何と社長から「明日来れる?」という、まさにアルバイト感覚で内定をもらったという曰く付きのオジさんだ。

「ふぅ。休憩しないとダメだよな。あ、そうだ俺のお気に入りのカフェでもいいかい?」

「あ、はい!大丈夫です」

なんとなく、乙女な雰囲気を醸し出す危ない人だが、悪い人ではなさそうだ。

二子玉川は所々にカフェが点在しており、近年どんどん増加傾向にある。確かに気にはなっていたものの、そこまで頻繁に来る場所ではなかったので、コレを機会に何か見つてみようと思う。

しかし、老け込んでいるいる訳ではないが、いかにも男性的な骨格やヘアスタイルの方が気に入っているとしたら、昔ながらの喫茶店なんかだろう。

「お、この時間じゃ開いているな」

「こ、ここですか?可愛い!」

思わず私は声を上げてしまった。ナチュラルな雰囲気が漂うウッドテイストの店内に、白を基調とした、何ともパリっぽいこの感じ。かなりヒットだ。

「ここにいつも来るんですか?」

「そうだよ。俺さ、カフェが好きなんだよ」

小さめのコップに注がれた水にメニュー表を持ってきた店員は、風合いがほど良い雰囲気のリネンのエプロンをしている。まさに私好みだった。

「ここはスコーンが旨いだよ」

「え、スコーン大好きです!」

「じゃ、決まりだな。俺はアイスコーヒーでいいな」

「わ、私はじゃぁ、カフェラテで…」

何と気さくなオジさんだろう。コレで悪い人だったら人間不信に陥ってしまいそうだ。

「さて。どう、移ってみて」

「はい。ちょっと売り上げがまだ取れそうにないんですけど…。中々、スタッフの士気を上げられなくて…」

「まぁ、無理もないわ。前の権田さんな。あれひどかったからな」

どうも前の店長は権田と言うらしい。そういえば、何故か誰も教えてくれなかった。

「でも、売り上げは良かったんじゃないんですか?」

「まぁ、かなり強引に売ってたからね。こちらとしても有り難かったけど、態度が悪くて。あと、今残っている連中はお飾りで、権田軍団はみんな辞めちまったよ」

「軍団…。ですか」

一体、どんな売り場だったのだろう。本当にヤバい場所に来てしまったのかもしれない。

「まぁ、実は名取ちゃんをここにしたのにはさ、まともにして欲しいからなんだよね」

「…ちゃん…。え、そうなんですか?潰れるって聞いたんですが…」

「まさか!何言ってんの。大丈夫だよ。この二子玉川は先代の社長が住んでた場所だし、評判落としたくないんだよ」

「そうだったんですか?よかった!」

内心ホッとした時、スコーンの香ばしく軽やかな香りが漂ってきた。

photo by Andrew Jo

つづく

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