アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 26

凱旋門を模して築かれたパトゥーサイから眺めるラーンサーン通り

~ ラオス ヴィエンチャン パトゥーサイ ~

世界各国の首都を訪れると必ず官庁街がある。都市の中心部に高層建築、近代的ビルが立ち並び、現代的な景観を呈する。東京であれば永田町に国会議事堂を中心とした各省庁の国家機関が集中する。丸の内界隈には企業のオフィスが密集し、ビジネス街を形成している。政治的、経済的に日本を支える心臓部だ。高層建築の中では、無数の人々が垂直に構成されたフロアを行き来しながら、毎日忙しく働いているのだ。

垂直にコンクリートが積み上げられた高層ビルが立ち並ぶようになったのは、明治時代以降ということになろう。江戸時代であれば、街の中心に建つ城や、寺院の中の仏閣が、数少ない高層建築で、遥か彼方からでもその存在を確認できたことだろう。機能を優先する価値観によって、都市の景観が大きく変化した。

20世紀以降、急速に経済成長を遂げるアジア諸国の首都にも、次から次に高層ビルが建築されるようになり、官庁街の光景は画一化されつつある。ところが、ラオスの首都ヴィエンチャンには、他の諸国にはない雰囲気が維持されている。

街の中心部を走るラーンサーン通りには、首相官邸をはじめ様々な国家機関が並んでいるが、高層ビルの姿がない。熱帯ならではの樹木が育つ中に、こじんまりした建造物が建てられている。その光景に非近代を感じなくもないが、高層ビルがないというだけで、落ち着いた雰囲気を漂わせる。メインストリートではあっても、人通りもさほど多くない。せかせかと歩いている人など皆無だ。首都機能を備えた街の中心部にも、のんびりとした時間が流れている。便利さや機能を重視しすぎると、本来の人間の姿を見失いかねない。

ラーンサーン通りにも一つだけ、高層建築物がその北端に建っている。パリの凱旋門を模して作られたパトゥーサイだ。ラオスの言葉で、「パトゥー」は「扉」、「門」、「サイ」は「勝利」を意味する。第二次世界大戦後にフランスの支配を脱しながら、国内で続いたラオス内戦による犠牲者を慰霊するために、1960年から建設が始まった。新空港建設を建設するために調達されたセメントを使って建てられた。灰色一色の外観は素朴なイメージを与えている。

正面に掲示される「CONGRATULATIONS TO ATF 2004」の意味を残念ながら正確に理解することができない。ATFは、アセアン・ツーリズム・フォーラムの略で間違いないだろうか。ラオスを代表する建築物に掲げられた文章の意味がわからないのは残念だが、内戦で命を落とした人たちへの鎮魂の思いと、経済発展に対する希望を形にしているのだろう。

門のすぐ下に広がるパトゥーサイ公園で、凱旋門のような外観を確認しながら、門の中へと足を進める。門の天井には、仏陀の姿や3頭の像などのレリーフが施されている。パリの雰囲気を漂わせる門ではあっても、装飾にはアジアの仏教国の典型的なモチーフが使われているのだ。鮮やかな金色の色彩が頭上から訪れた人を崇高な世界に誘っているかのようだ。

門の中には螺旋状の階段を登って登ることができる。建物の中に太陽光を取り込む窓には鉄格子が嵌められている。装飾的に見える鉄格子の曲線で描かれるのは仏陀の姿だ。ラオスの人々の仏教への篤い信仰心の現れであることに間違いはないが、一つのデザインとして見事に機能している。宗教観に根差した造形が、インテリアのモチーフになりえるのだ。

仏陀の姿の格子の先にはヴィエンチャン市内の景観が広がる。静かで落ち着いた雰囲気に包まれた光景に、日々の生活のせわしなさを見直すきっかけとなる。

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